書いたら、忘れる。——「それでいいのだ」

綴る

僕は考えをまとめるために文章を書きます。

書いたら、手放してしまう。そして完全に忘れる(笑)

日ごろ感じた雑多な感情や思いついたこと。それらを処理し、消化するために書く。書き終わったら、もうそれは僕のなかにない。そういうことが必要な性分なのでしょう。もっとぼーっとして、ぽかーんと生きられたらいいのに、と時々思いますが、どうやら無理みたい(笑)

書いたら忘れる。それでいいのだ。

バカボンのパパは「それでいいのだ」が口癖です。あの人、じつは東大を落第した天才という設定で、全部わかったすえにあの境地に至っている。

なにもかもを全肯定するその姿勢は、仏陀の悟りと構造が同じだと僕は思います。2000年以上かけても哲学者たちが答えを出せなかった問いに、バカボンのパパはあっさり答えていた。

「それでいいのだ」

小説家をめざして——

大学生のころから、小説家になりたいという願望がありました。

書くにあたって、深い思索やテーマが必要だと感じていました。最初はそれを求めて、哲学を読み始めたのだと思います。プラトン、デカルト、カント、ニーチェ、マルクス——。読み進めるほど、思想がおもしろくなっていった。

あとになって気づいたのですが、村上春樹も哲学書をかなり読み込んでいます。哲学を知って読みなおすと、ああここは新プラトン学派の影響だな、ここはヒュームだな、ということが見えてくる。昔はまったく気づかなかったのに。

ただ、西洋哲学では答えが見つかりませんでした。思想がどんどん変転していって、最後はプラグマティズムで肩透かしを食らった。2000年以上かけて、なにも答えを出していないじゃないかと(笑)

僕の軸になったのは東洋哲学です。そのあたりは「哲学の旅から帰ってきたら、ヨガマットの上に答えがあった」に書きました。

はやま

哲学を学んでよかったことがひとつあります。「正しい答えなどない」とわかったことです。哲学者たちが2000年かけても答えを出せなかった問いに、僕ごときが答えを出せるわけがない。そう思ったら、ずいぶん楽になりました。それでいいのだ(笑)

ここは、手放す場所

「綴る」は、ほかのカテゴリーにマッチしない、でも書きたいことを置いておく場所です。

哲学のこと、音楽のこと、映画のこと、日々の思索。整理されていないもの、答えの出ていないもの、ただ感じたことをそのまま書いたもの——。そういうものが集まっています。

読んで何かの役に立つかどうかはわかりません。でも書かずにはいられないものが、人間には誰しもあると思う。僕にとってそれが、ここにある。

書いたら忘れるので、内容については責任を持てませんが(笑)、どうぞお付き合いください。

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