頭を使えと妻に言われ、四つん這いで思ったこと

雑巾がけをする父

娘と外で遊んで上機嫌で帰ってきたら、床の雑巾がけをするように言われ、からぶき用のなんとかワイパーのヘッド部分に濡れ雑巾を巻きつけたものを手渡された。「わたし考案の新方式」と妻は肩をいからせた。

試しにそれで床を拭いてみたところ、水に濡れた雑巾が床に吸いついて柄の部分からすぐに外れてしまう。しばらくやってはみたものの、やはりうまくいかない。妻に苦言を呈すると、「頭を使ってやるんだよ」とピシャリと言い返された。どうやら今日はご機嫌がうるわしくないらしい。更年期のせいだろうか。

そうはいっても、さすがにむっとした。

ただ、なんと言い返せばいいかよくわからない。もっと重要で意味のあることのために人間の大脳は進化したんだ、直感だけで生きているような君に頭の使い方を教わる道理はない——。ちょっと考えて、そう言ってやろうかしらと思ったが、下手な口を利ける立場でもないと思い直した。妻が家中をあらかた掃除し終えるまで、僕はずっと娘とインラインスケートを履いてはしゃいでいたのだ。

あとで娘に愚痴ろうと決め、僕は目の前の仕事に着手した。妻の新方式はむろん却下だ。雑巾がけは四つん這いになるのが定石だ。それが我が国の伝統だ。

そういえば小学生の頃、スケートでもするかのように足で雑巾がけをしている不埒なやつらがいた。先生に見つかって叱られていたな。妻もきっとその口だろう。頭の中に、昭和の鬼先生に怒鳴られてしゅんとしている妻の顔が浮かぶ。少し留飲が下がった。

しかし四つん這いというのは、やはりモップよりずっと疲れる。腰がきしむ。膝が笑う。けれど床がすぐ目の前にある。汚れている場所がよく見える。壁の隅っこの埃にも目が届く。モップなんかより床はずっときれいになっていく。

ふと自分が一休さんになった気がした。ここは一休寺。いま僕はお堂の濡れ縁を拭いている。鼻歌を歌いながら後ろ足をバタつかせて家中を駆け回っていると、妻がトイレから出てきた。僕に冷たい目で一瞥をくれ、どこかへ立ち去った。

腰と膝をかばいながら懸命にやっているというのに——。さっきの目はなんだ。「新方式で」「頭を使え」という指示に従っていないからか。確かに僕は妻の意見を跳ねのけ、四つん這いになって体全体で床と向き合う方法を採用した。でも家事は、頭なんか使わず体全体でやったほうがずっと合理的なこともある。

拭き掃除を終えて、娘に愚痴ったら「不運」と嘆いてくれた。

ふうん、だったような気もするが。