腸こそすべて——世界の発酵と、日本の台所の知恵

日本の発酵食品たち

ある夜、頭のなかでバチンと音がした。深夜の台所で水を飲んでいたときのことだ。静まり返った家の中で、突然ひとつの考えがつながった。

——腸がすべてなんじゃないのか。

医学的な裏づけがあるわけではない。専門家に聞かれたら「乱暴すぎる」と怒られそうだ。けれどもその瞬間、僕の中では妙に腑に落ちた。心と体の不調の多くは、腸内環境の乱れから来ているのではないか。善玉菌が減り、悪玉菌が増え、腸が本来の働きを失ってしまう——。そんなイメージが、頭の中でひとつの絵になった。

もちろん、これは僕の直感である。だが、単なる思いつきとして片づけるには惜しい気もした。なぜならこの直感、世界中の人たちがとっくの昔に気づいていたからだ。

世界中の人たちが、腸の声を聞いてきた

コーカサスの人々は、毎日どんぶり一杯のカスピ海ヨーグルトを食べるという。韓国にはキムチとマッコリ。ドイツ人はソーセージの横にザワークラウトを添える。フランスにはチーズがあり、インドにはラッシーとチャースがある。

さらに旅は続く。

中国には豆腐乳と紹興酒。東南アジアにはナンプラーやニョクマム。エチオピアやソマリアでは、テフという穀物を発酵させたインジェラが主食だ。ロシアにはケフィア。トルコにはサワーヨーグルトのアイラン。

そして北欧にたどり着くと、急に難易度が上がる。アイスランドのハカールは、サメの発酵食品だ。初見では「これは食べ物なのか?」と脳が混乱する。スウェーデンのシュールストレミングに至っては、世界最強クラスの悪臭を誇るニシンの缶詰だ。

——それでも、みんな食べている。

世界中どこを見ても、みんな腸を大事にしている。ただしスウェーデンだけは、腸が喜ぶ前に鼻が悲鳴を上げる。人類の腸への執念は、国境も常識も越えるらしい。

人類は、科学という言葉を持つ前から知っていたのだ。発酵食品を食べると、なんだか調子がいい、ということを。

人類の知恵というのは、大抵、研究室より何千年も先を歩いている。

日本は「発酵の国」だった

それにしてもなぜ、日本にはこれほど多くの発酵食品があるのか。

理由は気候にある。高温多湿で梅雨があり、カビと雑菌が元気いっぱい。夏の台所は戦場である。放っておけばすぐに腐る。そんな環境で暮らしてきた先人たちは、食べ物を守るために知恵を絞った。

塩漬けにする。麹を使う。ぬかに漬ける。腐敗と発酵のあいだを、ぎりぎりのところで渡り歩いてきた。その積み重ねが、味噌、醤油、みりん、酒、酢、甘酒、納豆、漬物、ぬか漬け、かつお節、くさや……。世界でも類を見ないほど豊かな発酵文化を生んだのだ。日本の食卓は、昔から微生物との共同生活だった。

小むずかしい理屈はいらない。僕らの台所には、もともと全部そろっている。味噌汁を毎日飲む。ぬか漬けを数切れ食べる。ヨーグルトをひとさじ。それだけで腸は喜んでくれる。腸が整うと、体が軽くなる。体が軽くなると、心も軽くなる。心が軽くなると、人生まで軽くなる。

理屈ではない。生活の実感としてそう思う。

発酵沼は、気づくと足首まで沈んでいる

あの夜、バチンとつながった僕は、翌日からヨーグルトを手作りし始めた。それがケフィアになり、ザワークラウトになり、塩麹になり、そしてぬか漬けになった。

ひとつ始めると、次が気になる。発酵とはそういう世界だ。一度始めると止まらない。いや、止めさせてくれない。底なしの沼である。瓶や壺の中で何かが静かに育っている。その気配がなんともいえず心地いい。

台所の片隅で、次の何かが僕を手招きしている。

はやま

このページは発酵食品にまつわる記事をひとまとめにしたガイドです。興味のあるところからどうぞ。これをきっかけにぜひ、わたしのように「発酵」という深すぎる沼に沈んでみてください——。

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