利尻、枕崎、瀬戸内、大分——出汁の四素材とこだわりの産地

出汁の四素材

出汁の材料をいまのものに決めたのは、別段これといった理由があったわけでもない。

昆布はこれが良い、かつお節はあれが良い、そんな話を人に聞くたび、なんとなく買って試していた。試していたら、いつの間にかレギュラーメンバーが固まっていた。

そんないまの我が家の定番は、昆布は利尻、かつお節は枕崎、煮干しは瀬戸内海、干し椎茸は大分。それに控えがいくつか。これがいちばん自分と家族の舌に合っていたようだ。

昆布——産地ごとに異なる顔を見せる

昆布の主な産地は北海道だ。同じ昆布でも、採れる場所によって味がまるでちがう。

利尻昆布は、透明感のある上品なうま味が特徴。澄んだ出汁が取れるので、吸い物や茶碗蒸しなど、色と透明感を大切にしたい料理に向く。僕が利尻を選んだのは、この透明感と品のある甘みが好みだったからだろう。

羅臼(らうす)昆布は濃厚でコクがあり、力強い出汁が取れる。味噌汁や煮物など、しっかりした味つけの料理によく合う。真昆布はまろやかで甘みが強く、昆布そのものを食べてもおいしい。日高昆布はやわらかくて煮えやすい。昆布巻きや煮物の具材として使うことが多い。

昆布はカルシウム、ヨード、鉄分など、現代の食事では不足しがちなミネラルを豊富に含む。日本人が長く食べ続けてきたのには理由がある。

はやま

昆布の表面についている白い粉はうま味成分のグルタミン酸です。水洗いすると流れてしまうので、拭く程度にとどめるといいですよ。

かつお節——枕崎と、あの香りの正体

かつお節は枕崎産を選んでいる。

鹿児島県枕崎市は、日本有数のかつお節の産地だ。黒潮に乗って北上するかつおをとり、煮て、燻して、カビをつけて、天日干ししてと、何か月もかけて作る。削りたてのかつお節から出汁を取ると、台所にふわっといい香りが広がる。あの香りこそ、日本の台所の記憶そのものだと思う。

市販のかつお節には大きく二種類ある。「かつお節削り節」はカビつけと天日干しを繰り返した本枯節を削ったもの。コクと香りが格段にいい。「鰹削り節(花かつお)」はカビつけなしの荒節を削ったもので、市場に出回る大半がこちら。出汁を取るならかつお節削り節のほうが断然おすすめ。

はやま

出汁をとったあとのかつお節は捨てません。ごま油で炒って醤油とみりんで味つけすれば、白いご飯にぴったりの最高のふりかけになります。

煮干し——魚を丸ごといただく、瀬戸内の恵み

煮干しは瀬戸内海産だ。

穏やかな瀬戸内の海で育ったカタクチイワシを干して作る煮干しは、臭みが少なくやさしい甘みが特徴。関西で育った僕にとって、子どもの頃から慣れ親しんだ味でもある。

煮干しはカルシウムを豊富に含む食材だ。育ち盛りの子どもや、カルシウムが不足しがちな女性には積極的に摂ってほしい素材のひとつ。

出汁を取ったあとの煮干しも活用する。フライパンで乾煎りして醤油とみりんで甘辛く仕上げると、おやつにも箸休めにもなる。粉末にして料理にふりかけるのも手軽でいい。

はやま

煮干しの頭と内臓を取ると雑味が消えてすっきりとした出汁になる。時間のあるときに一度、お試しください。

干し椎茸——大分の、植物性のうま味の深さ

干し椎茸は九州産、とくに大分産を選んでいる。

大分県を始めとする九州は、椎茸の名産地。肉厚で香りが強く、出汁のうま味も深い。干し椎茸は水で戻すところから始まるが、この戻し汁ごと出汁として使う。

干し椎茸のうま味成分をグアニル酸という。昆布のグルタミン酸、かつお節のイノシン酸とは異なる系統のうま味成分で、精進料理では昆布と干し椎茸を合わせた出汁が基本となる。動物性の素材を使わなくても、深みのある出汁が取れる。

古くからの食養生の世界では、干し椎茸には体の解毒を助ける働きのある成分が含まれるという。体が疲れているとき、椎茸と根菜を合わせて煮出したスープを飲む——。昔の人の知恵だ。

はやま

干し椎茸の戻し汁は、炊き込みご飯や煮物に使うとぐっと味が深くなります。おすすめ。

うま味の相乗効果

昆布のグルタミン酸とかつお節のイノシン酸を合わせると、うま味が相乗効果で何倍にも増幅されるという。合わせ出汁が日本料理の基本とされてきた理由だ。

そこへ干し椎茸を加えるとさらに深みが増す。煮干しを合わせると、やさしくて奥行きのある出汁になる。四つの素材がそろったとき、台所の香りは一変する。

産地にこだわると、出汁がひとつの料理になる。利尻の透明感、枕崎の香り、瀬戸内のやさしさ、九州の深み——それぞれの持ち味が重なり合って、ひとつのアンサンブルを奏でるのだ。

出汁を取るのは、家族への思いやり

小鍋に水を入れて昆布を浸す。そのあいだに顔を洗い、朝食の支度を始める。小鍋を火にかけて、沸く直前に昆布を取り出す。それからかつお節を入れ、しばらく待ってから濾す。

この一連の動作に、10分もかからない。

けれどもこの10分が、味噌汁をまったく別の料理に変えてくれる。毎朝その一杯を飲む家族の体を、静かに支えてくれるのだ。

出汁を取るということは、料理の腕や技術でなく、家族に何を食べさせたいかという気持ちの話だと思う。手間をかけることが、そのまま家族への気配りとなる。

日本の台所には、そういう真心が詰まっている。