親父が梅の木を切り倒した——千年続く梅干しと、本物の選び方

梅干し

実家の庭には梅の木があった。

毎年、春になると白い花が咲き、夏前には青い実がたわわに実った。母がその実を収穫し、竹串で丁寧にへたを取ってから塩と一緒に大きな瓶に漬け込む。梅酢が上がってくるまでしばらく待ち、赤じそを加えて、また待つ。梅雨が明けたら天気のいい日を見計らって、二日か三日、天日干ししてようやく完成である。

実家の食卓に梅干しは当たり前のようにあった。ご飯に一粒。魚の煮つけに一粒。父の焼酎カップにも一粒。

だから東京に出てきて、お店の梅干しコーナーを初めて見たときはかなり驚いた。

国産の梅干しが、驚くほど高いのだ。小さなパックに数粒しか入っていない。値札を思わず二度見した。実家では畑の野菜や庭になっている柿や甘夏と同じで、何も特別なものではなかったのに——。

それともうひとつ気づいたことがある。お店の梅干しの多くは、原材料の欄に梅と塩以外のものがたくさん書いてある。

——梅干しって、梅と塩だけじゃなかったのか。

梅干しの歴史は千年以上

梅干しが日本の文献に初めて登場するのは、平安時代のこと。村上天皇が梅干しと昆布茶で病を癒やしたという言い伝えも残っている。以来、梅干しは長らく薬としても使われてきた。宮廷から戦国武将、庶民へと広まっていくなかで、梅干しは日本人の暮らしに深く根を下ろしていったのだ。

戦国時代には、兵士の携帯食としても重宝がられたという。腐りにくく、疲労回復の効果があり、傷口の消毒にも使えた。梅干しひとつで、どれだけの命が救われたかわからない。

江戸時代になると、梅干しは庶民の食卓にも並ぶようになった。おにぎりに梅干しを入れる習慣も、この頃に広まったそうだ。おにぎりといえば梅という不文律は、数百年かけて体に刻まれたものなのだ。

明治以降も梅干しは日本人の食卓を支え続けた。日の丸弁当は、戦時中の節約食として生まれたものだが、いまもどこか懐かしい原風景として僕ら心の中にある。

梅干しが体に良いわけ

そんな梅干しの健康効果を語るとき、まず出てくるのがクエン酸だ。

クエン酸は、疲労を軽減する働きがあるとされる。梅干しを食べると疲れが取れる気がする——この感覚は、気のせいではない。さらにカルシウムの吸収を助ける働きもあり、骨の健康にも関係している。

もうひとつ注目されているのが、梅リグナンという抗酸化物質だ。梅に含まれるポリフェノールのひとつで、血流の改善や抗菌作用との関連が研究されている。

梅干しの強い酸味と塩分には、殺菌抗菌作用がある。お弁当に梅干しを入れると傷みにくくなるのは、昔から経験的に知られていたことだ。冷蔵庫のなかった時代、梅干しは食中毒から命を守る食べ物でもあった。

僕自身、焼酎のお湯割りに梅干しを入れて飲むのは冬の定番だ。体がじんわり温まって、疲れた夜にはあれがいちばん。玄米との相性も抜群で、玄米を食べ始めてからというもの、梅干しの消費量がぐっと増えた。

本物の梅干しと、調味梅干し

ここからちょっと大事な話をしたい。

スーパーに並ぶ梅干しは、大きく分けて二種類ある。梅干しと調味梅干しだ。見た目はほとんど同じだが、中身がまるでちがう。

本物の梅干し——原材料は梅と塩だけ

本物の梅干しは、梅と塩だけでできている。赤じそを使うなら、その三つだけ。それ以外は何も入らない。

塩分濃度は18〜22%程度。塩がたっぷり入っているから腐りにくく、適切に保存すれば、何十年も保つという。酸っぱくて塩辛い。これが本物の梅干し。

実家の母が作っていたのは、まさにこれだった。子どもの頃は酸っぱすぎると感じていたが、大人になるとその酸っぱさがたまらない。

調味梅干し——塩の代わりに調味液で味つけ

一方、調味梅干しは塩分を低く抑える代わりに、調味液で味つけしている。蜂蜜梅、かつお梅、昆布梅——。スーパーでよく見かけるバリエーション豊かな梅干しは、ほぼこちらに分類される。

原材料を見ると、「アミノ酸等」「ソルビトール」「酸味料」「甘味料」などと書かれていることが多い。まろやかで食べやすい反面、伝統的な梅干しとは製法も成分も異なっている。

もちろん調味梅干しが悪いわけではない。僕も昔からかつお梅が好きだ。ただ、昔ながらの製法でできた梅干しを食べていると思っていたら、実は調味梅干しだったというのでは、いささか決まりが悪い。

梅干しの選び方

本物の梅干しを選ぶのは、難しくない。原材料表示を見るだけで済む。

本物の梅干しは、「梅、塩」あるいは「梅、塩、赤しそ」と書いてある。対する調味梅干しは、梅や塩のあとに砂糖、醸造酢、アミノ酸等、ソルビトール、酸味料……というふうな添加物が続いている。

実は食品表示法でも、この二つは明確に区別されている。裏面の名称という項目に、前者は梅干し、後者は調味梅干しと書かれているので、見分けるのは意外と簡単だ。

我が家では産地も確認している。国産梅——とくに和歌山産の南高梅は品質が安定していて、昔ながらの梅干しに使われることが多い。値段が高いのは確かだが、本物の梅干し作りには手間がかかる。そのことを知っていれば、合点もいく。

毎日食べるものだからこそ、本物を選ぶ。一粒一粒、感謝しながら大切にいただく。実家にいた頃とは、梅干しとのつき合い方が少し変わってきた。だが、その実家の梅干しを口にすることはもう二度とない。

親父がある年、虫がたくさんつくからと言って、切り倒してしまったからだ。手入れを怠ると毛虫が這い、近所迷惑になってしまう。歳を重ねた親父にとって、毎年の消毒は体にこたえる作業だったのかもしれない。 

毎晩、玄米ご飯とともに梅干しをひとつ食す。たまに思い出す。毎年繰り返される梅仕事の風景、台所に漂う青梅の匂い、赤じその香り、瓶の前で待つ時間、それから母のお手製の梅酒——梅の木と一緒に失ったもののことを。

いまでも時折、母の酸っぱい梅干しが無性に食べたくなる。

実家の木はなくなってしまったけれど、僕の舌にはあの酸っぱさの記憶がいまも消えずに刻まれている。いつか、どこかで手に入れた南高梅と塩を瓶に詰め、あの台所の匂いを我が家で再現してみようか。