仕事で鹿児島を訪れたとき、お酢の醸造元を取材したことがあります。
案内されたのは、広い野外の敷地にずらりと並んだ素焼きの壺でした。大きなものは高さが1メートル近くある。日光と雨と風にさらされながら、米と水と麹の力だけで1年以上かけて発酵、熟成していく。
「これが黒酢です」と言われたときは驚きました。温度管理用のタンクはもちろん、発酵のための添加物なども使わず、太陽と時間だけでできるものなのかと。
色は深い琥珀色。ひと口なめると、酸っぱさのなかに甘みとコクがあって、それまで知っていたお酢とはまるで別物でした。帰りにたくさん持たせてもらって、重い荷物を抱えながら東京に戻ったのを覚えています。料理に使っても、薄めてそのまま飲んでもうまい。あっという間になくなりました。
はやま
今日は、そのお酢の話から始めます。
お酢は「発酵食品」だった
お酢は発酵食品です。米や麦、果実などのアルコール飲料を、酢酸菌がさらに発酵させてできる——。つまり、酒から生まれます。
日本でお酢が造られていた記録は飛鳥時代までさかのぼり、奈良時代にはすでに調味料として使われていたとされています。味噌・醤油・日本酒と同じく、麹菌と微生物の働きを借りた、日本の伝統発酵食品のひとつです。
良質なお酢には、酢酸菌や有機酸、アミノ酸が豊富に含まれています。血糖値の上昇をゆるやかにする、疲労回復を助ける、腸の働きを整えるといった働きが研究で報告されています。毎日の料理に使うものだから、どれを選ぶかは小さいようでいて、積み重なれば大きな差になります。
黒酢——時間が醸すもの
冒頭で訪れた鹿児島の醸造元は、薩摩の伝統的な製法を守っています。素焼きの壺に米と麹と水を仕込み、野外で1年から3年、長いものは5年以上熟成させる。この間、麹菌、酵母、酢酸菌が順番に働いて、ゆっくりと黒酢が生まれます。
壺の中では、発酵と熟成が同時進行しています。太陽熱で昼に温められ、夜に冷える。季節の変化を何度もくぐり抜けることで、複雑な旨味とコクが生まれる。工場で短期間に造られる酢とは、根本的に成り立ちが違います。
黒酢はアミノ酸が豊富で、ほかのお酢と比べてまろやかな風味があります。料理に使うだけでなく、水や炭酸で薄めて飲む健康酢としてもすぐれています。値段は張りますが、本物を一度味わうと、その価値がわかります。
純米酢——毎日の台所の相棒
黒酢は特別な存在として、日常使いのお酢としてわたしが選んでいるのは純米酢です。
純米酢は米だけを原料とし、じっくり発酵・熟成させて造られます。穀物酢(後述)と比べて旨味とまろやかさがあり、料理の邪魔をしない。すし飯、酢の物、ドレッシング、煮物の隠し味——。どんな用途にも使えます。
選ぶときのポイントはシンプルで、原材料に「米」だけが書いてあるものを選ぶこと。「醸造アルコール」「酸味料」が入っているものは純米酢ではありません。
穀物酢を使わない理由
スーパーで一番安く手に入るお酢が穀物酢です。とにかく価格が安い。
穀物酢は小麦や米、コーンなどを原料にしますが、製造工程で醸造アルコールを添加して短期間で酸味を出す方法が一般的です。長期熟成なしに大量生産できる。価格の安さにはそれなりの理由があります。
体に害があると言うつもりはありません。ただ、毎日家族の食事に使うものだからこそ、少しだけ気にしてほしいと思っています。純米酢との価格差は、ひと瓶あたり数百円程度です。
バルサミコ酢とワインビネガー
マリネや洋風の料理には、バルサミコ酢を使います。ブドウ果汁を長期熟成させたイタリアの伝統醸造酢で、甘みと深いコクが特徴です。本場イタリアの伝統的なものは数十年熟成させた高級品ですが、日常使いは手頃なもので十分。
ただバルサミコ酢も値が張るので、ワインビネガーで代用することも多い。ワインビネガーはぶどうを原料とした酢で、すっきりした酸味と香りがあります。ドレッシングやマリネに使いやすく、純米酢より洋食との相性がいい。
はやま
調味料は「毎日使うもの」だから
料理に使うお酢の量は、一回ではわずかです。でも毎日使うものは、積み重なると体に入る量が馬鹿になりません。
高価なものを無理して買う必要はありません。ただ、何も考えずに一番安いものを選びつづけるのも、ちょっともったいない。原材料を一度だけ確認してみてください。「米」だけが書いてあるものと、そうでないもの——。棚に並んでいる商品を見ると、すぐわかります。
鹿児島の野ざらしの壺の前に立ったとき、何年もかけて時間が醸すものの力を知り、ちょっと感動しました。毎日の食卓にそういうものが並ぶのは、やっぱり気分のいいものです。
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。

