千三百年ともに生きてきた麹菌と、ポテトサラダの大失敗

塩麴

良かれと思って仕上げに入れた塩麹のせいで、我が家のポテトサラダがどろどろのスープに化けたことがある。酵素の力に恐れ入った瞬間だったが、この驚異の麹菌と僕ら日本人は、実は千三百年もの時間をともにしてきた。

仕事で何度か、全国の酒蔵を訪れたことがある。

蔵の中に一歩入った瞬間、まず匂いに驚いた。甘くてやわらかい、栗か甘酒のような芳香が鼻を包む。麹菌が蒸し米の上で育っているときの匂いである。発酵と聞くと酸っぱいものを想像するが、麹の匂いはちがう。

どの蔵を訪ねても、いつも気になったのが杜氏の手だった。重労働の職人の手というのはごつごつしていそうなものだが、まるで正反対。指先まで驚くほどすべすべときめ細かい。あるベテランの杜氏に思わず「手がきれいですね」と言ったら、にっこり笑って「麹菌のおかげや」と教えてくれた。

その言葉は、ずっと頭に残っている。

——麹菌は人の肌を整えるのか、でもいったいどうやって。

僕は兵庫の出身だ。播磨平野に育ち、日本酒の産地として名高い灘を身近に感じながら大人になった。でも当時は、自分の生まれた土地と麹菌がどれほど深く結びついているかなんて、まったく知らなかった。

杜氏の手

日本酒の起源は、播磨にある

いまから約1300年前、奈良時代のことだ。朝廷は各地に「その土地の産物や伝承をまとめて提出せよ」と命じた。『風土記』の編纂である。

播磨国(現在の兵庫県南部)でまとめられた『播磨国風土記』に、こんな一節がある。

——大神の御糧みかれひが濡れて、カビが生えた。そこで酒を醸させ、庭酒にわきとして献上して、宴をした。

神に供えた米の飯にカビが生え、それで酒を造った——。日本に現存する文献の中で、麹を使って酒を造ったことが記された最古の記録だ。この記述から、兵庫県宍粟市にある庭田神社は「日本酒発祥の地」の有力候補とされている。

播磨が酒造の聖地になったのは偶然ではない。この地には酒造りに理想的な水が湧いている。灘の「宮水」は硬水でミネラルが豊富。発酵を力強く進める。良質な米と水と麹菌がそろった土地だからこそ、日本酒文化の中心になっていったのだ。

故郷と麹菌がこんなふうにつながっていたことを、取材時はまったく知らなかった。知っていたら、杜氏にもっと深い話が聞けたかもしれない。

播磨は酒造の聖地

縄文人も酒を飲んでいた

麹菌が使われる以前、日本人はどうやって酒を造っていたのだろうか。

縄文や弥生の時代、主流だったのはおそらく口噛み酒だ。米や木の実を口で噛み、容器に吐き出す。唾液に含まれるアミラーゼ(でんぷん分解酵素)が糖をつくり、そこに空気中の野生酵母が降りてきて自然発酵する。

新海誠の映画『君の名は。』で、巫女を務める女子高生の三葉が何かを噛んで奉納する場面があるが、あれも口噛み酒だ。神社の御神酒おみきの原型とも言われている。

麹菌を安定的に使いこなせるようになったのは、奈良時代よりずっとあとのことだ。平安、室町、江戸と技術は磨かれていき、日本酒やみりん、味噌、醤油、酢という日本独自の発酵食品文化が花開いていく。口噛みから数えると数千年かそれ以上、麹菌を意識的に育て始めてからざっと1300年——。

甘酒や塩麹から漂ってくるあの甘い香りは、その長い物語の続きなのである。

麹菌は、日本のカビ

麹菌(アスペルギルスオリゼー)は、日本の高温多湿な気候の中で育まれた菌だ。僕らの先祖はそれを発酵に向くよう手塩にかけて育ててきた。二〇〇六年には日本醸造学会が国菌に認定。日本には国花の桜と菊、国鳥のきじもあるけれど、国菌なんてものが存在するのは世界中を見渡しても日本だけである。

そして、味噌、醤油、日本酒、みりん、酢といった、日本の発酵食品のほぼすべての起点に、この菌はいる。

ちなみに麹菌というのはカビの一種だ。米や麦、大豆などの上で増殖するとき、でんぷんやたんぱく質を分解して糖やアミノ酸に変える。この分解には、麹菌がみずから作り出す酵素を使う。料理に塩麹を用いるとなぜかおいしくなる、その理由もここにある。

酵素は止まれない——ポテトサラダの大失敗

なにしろ麹菌は、でんぷんやたんぱく質を分解する酵素をなんと約三十種も作り出している。

たとえば肉や魚を塩麹に漬け込むと、たんぱく質分解酵素が繊維をほぐしながらアミノ酸(うま味)を引き出してくれる。焼いたときにしっとりした食感になるのもそのおかげ。

ただし、ときとして麹の酵素は予想を超える働きをすることもある。

以前、ポテトサラダを作ろうとして、仕上げに塩麹を混ぜてみたことがある。入れた直後はちょうど良い固さだった。ところが食卓にほんのしばらく置いておいたら、どろどろの液体になり果てていた。でんぷん分解酵素がじわじわとポテトのでんぷんを分解し続けていたのだ。

酵素は止まれない。

失敗はしたが、おかげで僕は、酵素が本当に生きて働いているという実感と、塩麹がポテトサラダに向かないという教訓を得た。さらに塩麹で溶かしたポテトで冷製スープを作るという斬新なレシピまで手に入れたのだ。失敗は成功の母である。

塩麹と乳酸菌

塩麹には乳酸菌が豊富に含まれている、こんな説明を見かけることがあるが、これは正確ではない。

塩麹の主役は麹菌と酵素だ。乳酸菌はほとんど含まない。乳酸菌が豊富なのはぬか漬けやヨーグルト、キムチなどで、塩麹はそれとは別の働きをする。

だから整腸作用がない、ということではない。麹には腸内の善玉菌を増やす働きがあるし、酵素は消化を助けてくれる。乳酸菌の働きを期待するなら、塩麹と一緒にぬか漬けやヨーグルトを組み合わせるのが賢明だろう。

手作りにこだわる

スーパーに並んでいる市販品の多くは加熱殺菌されており、生きた酵素の働きが低下していることがある。だから僕は手作りをおすすめしたい。

手作りといっても道具も材料もシンプルだ。作業時間は十分とかからない。

塩麹の作り方

用意するもの

  • 乾燥米麹 200g
  • お湯 400g
  • 天然塩 60〜90g(甘口は60g、辛口は90g)
  • 保存容器(ガラスかプラスチック。鉄・ステンレスは塩分で腐食する)

作り方

  1. お湯を沸かし、塩を溶かす。
  2. 60℃くらいまで冷ます。熱すぎると麹菌と酵素が死滅する。
  3. 容器に乾燥麹を入れ、冷ました湯を注いでよく混ぜる。
  4. 常温で冷ます。
  5. 以降、毎日1回混ぜながら室温で1週間ほど発酵させる。
  6. 出来上がったら冷蔵庫へ。1か月を目安に使い切る。

完成した塩麹はとろりとして、甘くやさしい香りがする。あの蔵の中で嗅いだ匂いと、どこか似ている。

塩麹漬け野菜のレシピ

我が家の定番である。妻と娘が「おいしいおいしい」と連発するので、ヘビーローテーションになった。

用意するもの

  • なす 2本
  • きゅうり 1本
  • 大根 5センチ分
  • 塩麹 大さじ5杯

作り方

  1. 野菜を細切りにする。
  2. 野菜と塩麹をビニール袋に入れ、よくもみ込む。
  3. 冷蔵庫で数時間置いたら完成。

塩もみよりずっとまろやかで、うま味がある。9時間後に食べる野菜はもはや料亭の一品のようだ。

塩麹があると料理の幅が自然に広がる。塩の代わりに使うだけで、いつものサラダや蒸し野菜がひと味ちがって見える。我が家ではいまや塩麹なしの生活は考えられないくらいである。

罪の告白

ついでにひとつ、ここで罪の告白をしておきたい。

実は若い頃、もしも自宅でどぶろくを仕込んだらどうなるかという[#「夢」に傍点]夢[#「夢」の傍点終わり]を見たことがある。酒蔵の取材の際、「家でも造れますよ。海外では自家醸造する家庭も少なくないようですし」と聞いたのが頭を離れなかったからだろう。

夢の中で僕は、慣れない手つきで米と麹、乾燥酵母、水を合わせていた。出来上がった酒は白く濁っており、少し甘酸っぱく、アルコールもしっかり効いていて——とにかくうまかった。

念のために書いておくけれど、現実にこれをやると法律違反だ。当然、僕はやったことがない。夢を見たのも一度切りだ。夢の中のお巡りさん、時効ということで、どうかご容赦を——。

ちなみにその後、無ろ過の生酒を飲む機会があった。夢の中で飲んだのと同じ野性味があった。火入れ(加熱殺菌)をしていない酒には菌や酵素が活きていて、発酵食品としての豊かさがまるでちがうということを、僕は舌と体で理解した。昔の日本人が日常的に口にしていた濁り酒や手前味噌、漬け物はみんなそういうものだったはずだ。

現代のように腸内環境を荒らす加工食品がなかった時代、彼らは目に見えない菌の恩恵を、日々の食事から当たり前のように受け取っていたのだろう。心身に何かしら不調を抱えている人がこれほど多い時代に生きているとなおさら、その原点回帰の豊かさが身に染みる。

ぬか漬けへの道は、塩麹から

実は、我が家がぬか漬けを始めたのは、塩麹で妻を発酵食品に慣らしていってからの話だ。

というのも最初、ぬか床には猛反対されたのだ。妻の実家にもぬか床があり、臭いがきつかったのだそうだ。そこで僕は塩麹から始めることにした。においがない、場所を取らない、失敗しにくい。妻の文句の出る余地がない。

塩麹漬けの野菜がおいしい、体にも良いとわかったところで、「ぬか床は塩麹の上位版だよ」と話を持ちかけ、ようやくぬか床を育てる許可を得た。

麹菌を日常的に使うようになって、酒蔵の杜氏の「麹菌のおかげや」の言葉の意味がわかるようになった。麹菌が作る酵素には皮膚のたんぱく質に作用するものもある。毎日触れることで手の角質が自然にやわらかくなるのだろう。

1300年前、播磨の野で神さまへの供え物にカビが生えた。そこから始まった物語が、僕の台所の一瓶にまっすぐつながっている。そう考えたら、僕はちょっとロマンのようなものを感じてしまうのだ。