二十代の頃、僕は南の海に夢中だった。学生時代に水泳部にいたせいか、海とくれば素潜りで、ウェットスーツもタンクも邪魔で仕方がない。何もまとわず、素のままで水と一体になる感覚がたまらなかった。
海亀に出くわしたこともある。水深五メートルほどの海底付近を悠々と泳いでいく彼のほうへ——彼女かもしれないが、僕は我を忘れて平泳ぎで向かっていった。そして甲羅につかまった。それからしばらく一緒に泳いだ。あれは忘れられない。あとになって「あれはやってはいけないやつ」だと知るのだが、まあ、若気の至りということで勘弁してほしい。
フィジーへ行ったときのことも、よく覚えている。市場も、村の道も、白いビーチも、どこを歩いても、すれちがう人たちがほんのり甘い南国の香りをまとっていた。当時の僕は「これが熱帯の匂いというものか」くらいに思っていたが、いまにして思えば、あれはきっとココナッツオイルの香りだったのだ。
もうひとつ鮮明に焼きついていることがある。フィジーの人たちの肌だ。赤道直下のあの強烈な日差しの下で暮らしているというのに、肌はみな驚くほどすべすべで、きめが細かい。シミや荒れとは無縁に見えた。若い頃のおぼろげな記憶の中で、あのなめらかな肌の照りだけが、やけにくっきりと残っている。
そんな旅の記憶があって、我が家ではずいぶん長いこと、ココナッツオイルを台所と洗面所の両方で使ってきた。
飽和脂肪酸は、本当に体に悪いのか
そう書くと、「ココナッツオイルって、体に悪いんじゃなかったか」と眉をひそめる人がいる。僕も昔はそう思っていた。なにしろこの油は、脂肪分の九割以上が飽和脂肪酸でできている。コレステロールを上げる、血管を詰まらせる、といった悪役のイメージが長くつきまとい、植物油の中でも肩身の狭い時期があったからだ。
ところが近年、その見方が揺れている。約三十五万人を対象にした、過去の研究をまとめた解析では、飽和脂肪酸の摂取と心臓病とのあいだに、はっきりした関連は見つからなかった。食の常識が、あとからひっくり返る、よくある話だ。ただ、これで飽和脂肪酸が無罪放免と決まったわけでもない。いまも専門家のあいだで議論は続いているようだ。
ひとつ確かなのは、ココナッツオイルの飽和脂肪酸は、肉や乳製品のそれとは、中身がだいぶ違うということだろう。
他の油と成分を並べてみると、その特殊さがよくわかる。
| 脂肪 | 飽和脂肪酸 | 一価不飽和脂肪酸 | 多価不飽和脂肪酸 |
|---|---|---|---|
| ココナッツオイル | 92% | 6% | 2% |
| オリーブオイル | 14% | 77% | 9% |
| キャノーラ油 | 6% | 62% | 32% |
| コーン油 | 13% | 25% | 62% |
| 大豆油 | 15% | 24% | 61% |
| 牛脂 | 52% | 44% | 4% |
| ラード | 41% | 47% | 12% |
| バター | 66% | 30% | 4% |
ココナッツオイルの飽和脂肪酸は全体の九割以上。この数字だけを見ると「やっぱり怖い」と思うかもしれないが、ここが面白いところ。その飽和脂肪酸の中身が、他とはまったくちがうのだ。
中鎖脂肪酸(MCT)という不思議な油
この油の脂肪のおよそ六割は、中鎖脂肪酸——MCTと呼ばれるものでできている。
健康食品の棚で見かけるMCTオイル、あれの素はココナッツだ。中鎖というのは、脂肪酸の分子の鎖が短いという意味で、鎖が短いぶん、体の中での消化吸収が速い。普通の脂のように回り道をして体脂肪に蓄えられるのではなく、消化管からほぼまっすぐ肝臓へ届いて、すぐエネルギーに変わる。
その過程でケトン体という物質が作られ、これが脳の働きを支えるという研究もある。さらに食欲を落ち着かせる効果も期待されているそうだ。
天然の抗菌オイルとして
もうひとつ、この油には抗菌という顔がある。ラウリン酸という成分が体の中でモノラウリンに変わり、これが悪い菌やウイルスを抑える。
面白いのは、悪玉菌には強く働くのに、腸の善玉菌のほうは荒らさないという点だ。抗生物質のように腸内を焼き払わないというのは、小さくない美点だと思う。
ポリネシアの人々が、ずっとやってきたこと
先進国では「ちょっと珍しい健康食品」のように扱われるココナッツだが、世界には何百年もココナッツを食べてきた地域がいくつもある。
南太平洋のトケラウ島では、摂取カロリーの約63%をココナッツが占めるという。プカプカ島でも約34%。それでも動脈硬化や心臓病の患者が非常に少ないことが報告されている。パプアニューギニアのキタバ島でも、脳卒中や虚血性心疾患はほとんど存在しないという。
こういう話を聞くたびに僕は思う。長いあいだ僕たちの体を傷めてきた本当の犯人は脂肪でなく、砂糖や精製された炭水化物のほうだったのではないかと。
罪悪感ゼロのチョコレート
ここまでもっともらしく能書きを並べてきたが、白状すると、我が家でこの油がいちばん活躍しているのは、健康のためではない。僕のチョコ欲を満たすためなのだ。
僕はチョコレートに目がない。ふだんは小粒のチョコを一日三つほどで我慢しているのだが、それでも無性に甘ったるいやつをどっさり食べたくなる夜が、たまにやってくる。分厚い板チョコにかぶりつきたい、というあの衝動。
そんな夜に登場するのが、これだ。娘には「パパの変なチョコ」と呼ばれている。
作り方は、ばかばかしいほど簡単だ。ココナッツオイルにココアかカカオの粉末を混ぜ、ステビアやエリスリトールといった血糖をほとんど上げない甘味料を少し加えてよく練る。バニラエッセンスをひと垂らしすれば、いっぱしの顔つきになる。あとは冷蔵庫で固めるだけ。
砂糖なし、添加物なし。それでいて、あのどうしようもないチョコ欲を、丸ごと受けとめてくれる。最大の取り柄は、いくら食べても後ろめたさがない点である。娘には市販のチョコのほうが断然人気なのだが。

肌と髪——フィジーの謎が解けた
フィジー人たちのなめらかな肌の謎は、いまの僕にはもう解けた気がしている。ココナッツオイルは、南の島で何世紀ものあいだ保湿剤として使われてきた。乾いた肌の水分と油分を保つ働きは、研究でも確かめられているし、ラウリン酸などには肌の炎症をやわらげる作用があるそうだ。
あのすべすべは、たぶんそれが答えだったのだ。日差しについても、ココナッツオイルには紫外線をいくらか防ぐ働きがあり、SPF7ほどの日焼け止めに相当するという報告がある。
もちろんSPF7では、本格的な日焼け止めの代わりにはならないだろう。それでも肌が荒れないのはありがたい。僕は海に入るとき薄く塗っている。素潜りで半日、直射日光を浴びても、以前のようにヒリヒリしなくなった。あのウミガメと泳いだ日に、これを知っていたらと思う。
選ぶポイントは三つだけ
この油を選ぶとき、僕が見るのは三つだけだ。
低温で搾ったもの(コールドプレス)であること。オーガニックであること。それから精製度の低いエキストラバージンであること。この三つを満たしていれば、料理にもスキンケアにも使える。我が家では、ひとつのボトルを台所と洗面所で兼用している。
食生活を丸ごと変えるのは難しい。でも台所の油をひとつ入れ替えるくらいなら明日からでもできる。毎日使うものだからこそ、その小さな選択は、確実に体へ積もっていく。南の島の人たちが何百年もそうしてきたように。
今夜もまた、無性に甘いものが欲しくなったら、僕は冷蔵庫から変なチョコをひとかけ取り出すのだろう。フィジーの甘い香りを、少しだけ思い出しながら。
- バターもお肉の脂も、気にせず食べる理由——油の選び方、わが家の実践
- 台所に一本、ひまし油。——ケイシーが教えてくれた、不思議なオイルのこと
- 子どもの脳は、食卓でつくられる——青魚を食べさせ続けた十年間の話
- 糖質コントロール、うちの家族にもできる?
- 腸が動き出した夜——蒸しタオル一枚で、体の奥まで届く熱の話
(1)「Meta-analysis of prospective cohort studies evaluating the association of saturated fat with cardiovascular disease1,2,3,4,5」(Patty W Siri-Tarino, Qi Sun, Frank B Hu, and Ronald M Krauss)、(2)「Cholesterol, coconuts, and diet on Polynesian atolls: a natural experiment: the Pukapuka and Tokelau island studies.」(I A Prior, F Davidson, C E Salmond, and Z Czochanska)、(3)「Apparent absence of stroke and ischaemic heart disease in a traditional Melanesian island: a clinical study in Kitava.」(Lindeberg S, Lundh B.)、(4)「Thermic effect of medium-chain and long-chain triglycerides in man.」(Seaton TB, Welle SL, Warenko MK, Campbell RG.)、(5)「Postprandial thermogenesis in lean and obese subjects after meals supplemented with medium-chain and long-chain triglycerides.」(Scalfi L, Coltorti A, Contaldo F.)、(6)「Twenty-four-hour energy expenditure and urinary catecholamines of humans consuming low-to-moderate amounts of medium-chain triglycerides: a dose-response study in a human respiratory chamber.」(Dulloo AG, Fathi M, Mensi N, Girardier L.)、(7)「Effects of dietary coconut oil on the biochemical and anthropometric profiles of women presenting abdominal obesity.」(Assuncao ML, Ferreira HS, dos Santos AF, Cabral CR Jr, Florencio TM)、(8)「An Open-Label Pilot Study to Assess the Efficacy and Safety of Virgin Coconut Oil in Reducing Visceral Adiposity」(Kai Ming Liau, Yeong Yeh Lee, , Chee Keong Chen, and Aida Hanum G. Rasool)、(9)「Fatty Acids and Derivatives as Antimicrobial Agents」(Jon J. Kabara, Dennis M. Swieczkowski, Anthony J. Conley, and Joseph P. Truant)、(10)「Equivalence of lauric acid and glycerol monolaurate as inhibitors of signal transduction in Staphylococcus aureus.」(Ruzin A, Novick RP.)、(11)「Equivalence of lauric acid and glycerol monolaurate as inhibitors of signal transduction in Staphylococcus aureus.」(Ruzin A, Novick RP.)、(12)「The effects of a low-carbohydrate ketogenic diet and a low-fat diet on mood, hunger, and other self-reported symptoms.」(McClernon FJ, Yancy WS Jr, Eberstein JA, Atkins RC, Westman EC.)、(13)「Covert manipulation of the ratio of medium- to long-chain triglycerides in isoenergetically dense diets: effect on food intake in ad libitum feeding men.」(Stubbs RJ, Harbron CG.)、(14)「Influence of medium-chain and long-chain triacylglycerols on the control of food intake in men.」(Van Wymelbeke V, Himaya A, Louis-Sylvestre J, Fantino M.)、(15)「The ketogenic diet for the treatment of childhood epilepsy: a randomised controlled trial」(Elizabeth G Neal, Hannah Chaffe, Ruby H Schwartz, Margaret S Lawson, Nicole Edwards, Geogianna Fitzsimmons, Andrea Whitney)、(16)「Medium-chain triglyceride (MCT) ketogenic therapy.」(Liu YM.)、(17)「Effects of dietary coconut oil on the biochemical and anthropometric profiles of women presenting abdominal obesity.」(Assuncao ML, Ferreira HS, dos Santos AF, Cabral CR Jr, Florencio TM.)、(18)「Influence of virgin coconut oil on blood coagulation factors, lipid levels and LDL oxidation in cholesterol fed Sprague?Dawley rats」(K.G. Nevin, T. Rajamohan)、(19)「A randomized double-blind controlled trial comparing extra virgin coconut oil with mineral oil as a moisturizer for mild to moderate xerosis.」(Agero AL, Verallo-Rowell VM.)、(20)「Effect of mineral oil, sunflower oil, and coconut oil on prevention of hair damage.」(Rele AS, Mohile RB.)、(21)「Potential of herbs in skin protection from ultraviolet radiation.」(Kora? RR, Khambholja KM.)、(22)「Effect of oil pulling on Streptococcus mutans count in plaque and saliva using Dentocult SM Strip mutans test: A randomized, controlled, triple-blind study」(S Asokan, J Rathan, MS Muthu, Prabhu V Rathna, P Emmadi, Raghuraman, Chamundeswari)、(23)「Effect of oil pulling on plaque induced gingivitis: A randomized, controlled, triple-blind study」(Sharath Asokan, Pamela Emmadi, Raghuraman Chamundeswari)、(24)「Effect of oil pulling on halitosis and microorganisms causing halitosis: A randomized controlled pilot trial」(Sharath Asokan, R Saravana Kumar, Pamela Emmadi, R Raghuraman, N Sivakumar)、(25)「Hypometabolism as a therapeutic target in Alzheimer’s disease」(Lauren C Costantini,corresponding author1 Linda J Barr,1 Janet L Vogel,1 and Samuel T Henderson)、(26)「Effects of beta-hydroxybutyrate on cognition in memory-impaired adults.」(Reger MA, Henderson ST, Hale C, Cholerton B, Baker LD, Watson GS, Hyde K, Chapman D, Craft S.)、(27)「Virgin coconut oil supplementation ameliorates cyclophosphamide-induced systemic toxicity in mice.」(Nair SS, Manalil JJ, Ramavarma SK, Suseela IM, Thekkepatt A, Raghavamenon AC)、(28)「The addition of medium-chain triglycerides to a purified fish oil-based diet alters inflammatory profiles in mice.」(Carlson SJ, Nandivada P, Chang MI, Mitchell PD, O’Loughlin A, Cowan E, Gura KM, Nose V, Bistrian BR5, Puder M)、(29)「Anti-inflammatory, analgesic, and antipyretic activities of virgin coconut oil.」(Intahphuak S, Khonsung P, Panthong A)、(30)「Antioxidant components of naturally-occurring oils exhibit marked anti-inflammatory activity in epithelial cells of the human upper respiratory system.」(Gao M, Singh A, Macri K, Reynolds C, Singhal V, Biswal S, Spannhake EW)、(31)「A diet rich in coconut oil reduces diurnal postprandial variations in circulating tissue plasminogen activator antigen and fasting lipoprotein (a) compared with a diet rich in unsaturated fat in women.」(Muller H, Lindman AS, Blomfeldt A, Seljeflot I, Pedersen JI)
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。

