かんながらの道——日本人のルーツをたどりながら御岳山を往く

御岳山 大岳山

「この村の葬式は神道式だから、にぎやかにやるんだよ」

木地師の老人は、そう言いました。

もうすぐ100歳なのに、いまだ現役。そのときも作業場の機械で木材を切っていた。キューンという大きな音が響き渡るなか、なぜかその言葉だけはよく聞こえました。

「ん? 何式ですか?」

「神道」

「……しんとう? どんな字ですか」

「神の道。かんながらの道」

そのとき僕は30代半ばでした。取材で地方を旅してまわっていて、偶然立ち寄った工房で出会ったおじいさんでした。「かんながらの道」という言葉は初めて耳にするもので、何度も聞き返した記憶があります。恥ずかしいことですが、「神道」という言葉自体、それまで知らなかったのです。

はやま

帰ってきてから本を何冊か買って読みました。知れば知るほど、なぜ誰も教えてくれなかったのだろうという気持ちになりました。あとで周囲の友人知人——わりと教養のある人たちに聞いても、だれ一人知らなかったので、自分だけじゃないとわかって少し安心しましたが(笑)。

神道、という言葉を知らなくても、神道はずっと僕らのそばにありました。

お盆になればご先祖様が戻ってくると思う。神社に行けば自然と手を合わせる。誰も見ていなくても「お天道様が見ている」と感じる。嘘をつけば閻魔様に舌を抜かれると思う。桜が咲けば愛でたいと思うし、大きな岩や古い木の前に立つと、なぜか頭を下げたくなる。

そういう感覚の根っこに流れているのが、神道の考え方なのです。

神道とは何か——かんながらの道

神道は宗教というより、日本人の世界観そのものです。経典も戒律もない。室町時代の神道家・吉田兼倶はこう言っています。「神道に書籍なし。天地をもって書籍となし、日月をもって証明となす」と。

中心にあるのは日本神話、そしてアニミズム——八百万の神様という考え方です。人間も動物も植物も、山も川も岩も雷も、この世界に存在するすべてのものに霊魂が宿る。そしてその霊魂に優劣はない。人間も虫も、等しく同じ存在です。

西洋の宗教が善と悪の戦いを軸に持つのとは対照的に、神道には善悪の二項対立がありません。自然を征服するべきものと考える西洋の発想とは真逆です。温暖で雨量が豊かなこの国に生きてきた人々は、自然の恵みによって生かされてきた。だから自然に対する畏敬と感謝が、思想の根底にある。

神道が教えることはとてもシンプルです。自然を大切にして、人を思いやって、みんなが楽しく生きる——たったそれだけ。

はやま

この国の人々が世界中で「礼儀正しく、清潔で、他者への配慮がある」と言われるのは、この考え方が骨の髄まで染みているからだと思います。宗教として意識していなくても。

神道には、神社神道と皇室神道がありました。明治維新以降、「天皇=現人神」という国家神道に吸収されていき、やがて軍国主義と結びつきました。戦後、GHQによって解体されたのはそちらです。

日本古来の神道——縄文以来の素朴な自然信仰を核とする「かんながらの道」(古神道)は、ずっと僕らの暮らしの中で静かに息づいてきました。ただ、名前を知らないまま。

御岳山を歩いたのは、そんなことを考えるようになってから10年以上あとのことでした。

ケーブルカーを使わず、表参道を登る

奥多摩・御岳山(みたけさん)。標高929メートル。山頂には武蔵御嶽神社が鎮座し、古来より山岳信仰の霊山として知られています。麓からケーブルカーで登れるため、登山客だけでなく参拝客や観光客も多い山です。

僕はケーブルカーを使わず、滝本駅から表参道を歩いて登ることにしました。

ケーブルカー

平日だったこともあって、参道には人影がありませんでした。中世から近世にかけて参拝客でごった返したという茶店も、いまは立て札が名残を留めるのみ。汗をかきながら標高差400メートルを1時間ほど登ると、山上の集落が現れます。

御師の村と、神代ケヤキ

山頂に集落があります。御師(おし)——祈祷師たちの宿坊の村です。江戸期から続く宿坊は現在も参拝客を迎え入れていて、各家の玄関先には注連縄が張られています。ここが信仰の村であることを実感させてくれます。

集落から門前町へと抜ける中間地点に、神代ケヤキが立っています。樹齢千年。高さ30メートル、幹周り8.2メートル。幹にはツタウルシがからみついていて、見上げていると言葉を失います。

神代ケヤキ

千年です。平安時代の終わりからここに立ち続けている木が、いまも葉を茂らせている。この木の前に立つと、八百万の神様を信じた人々の気持ちが、理屈を抜きにしてわかる。霊魂が宿っていないはずがないと。

武蔵御嶽神社と、お狗さま

門前町を抜けると大鳥居。手水舎で身を清めてから、鳥居の端をくぐります。鳥居は神域と俗世の境界です。くぐることで、神の世界に足を踏み入れる。

武蔵御嶽神社

約300段の石段を登りきると、武蔵御嶽神社。御岳山の山頂です。拝殿で、今日の山行の安全を祈願しました。

拝殿

拝殿のそばに狛犬があります。獅子ではなく、日本狼です。「お狗さま」と呼ばれる神の使い。この山でヤマトタケルが道に迷ったとき、白狼が道を導いたという伝説が残っています。

お狗さま

はやま

武甲山でも狼の狛犬を見ました。山岳信仰の神社では、狼が神の使いとされることが多い。狼は「大神(おおかみ)」とも書きます。田畑を荒らす猪や鹿を追い払う守り神として、山の人々に篤く信仰されてきた動物です。

神社の奥には、さまざまな神様を祀るお社がいくつも並んでいます。イザナギ、イザナミ、ツクヨミ、ニニギ、八幡様、天神様……。これが八百万の神様ということか、と思いました。善神も荒神も、すべて受け入れる。そのおおらかさが、神道の性格をよく表している気がします。

廃墟と、神隠し

武蔵御嶽神社から先、大岳山を目指して歩きます。登山者の姿はほとんどなく、山道は静まりかえっています。修験者たちが往来した古い信仰の道です。鎖場をいくつか越えて、山腹を巻いていくと——。大岳山荘が現れました。

大岳山荘跡

廃墟でした。

地図には「大岳山荘跡」とありましたが、建物は残っています。ガラス戸の奥が暗い。二階の窓も暗い。周囲に人の気配はまったくない。

なにかがこちらを見ている、という感覚がありました。

気のせいだとわかっています。それでも背中がヒヤリとして、足が速くなりました。怖気を振り払おうと、ガラスに映った自分に向かって大声で「臆病なやつだなあ」と言ってみたら、今度は自分の影まで怖くなってしまった。

はやま

笑えない話ですが、「神隠しにあっても不思議はないぞ」と本気で思いました。

神隠し、という言葉があります。人が突然姿を消す現象のことですが、民俗学的に見ると興味深い概念です。昔の人々は、失踪事件が起きると「神隠しにあった」と解釈しました。天狗や山姥に連れ去られた、と。

なぜそう解釈したのか。単なる迷信ではなかったと思います。彼らは神を信じていた。信じているけれど、神は姿を見せてくれない。神隠しは、神の実在を確認するための出来事だったのかもしれない——ある民俗学の本でそういう説明を読んで、腑に落ちたことがあります。

高度成長期以降、「神隠し」という言葉は急速に消えていきました。人々が神を信じなくなり、異界を信じなくなったからです。失踪事件はなくなったわけではない。ただ、その出来事に「神」を介入させなくなった。人間世界の内側で、すべて説明しようとするようになったのです。

廃墟の前に立ちながら、そんなことを考えました。

山の中で感じる「何かに見られている」という感覚。それを「気のせい」と片付けることはいくらでもできます。でも昔の人々はその感覚を、神の存在の証として受け取っていた。どちらが豊かな感受性を持っていたかと言えば、火を見るよりも明らかです。

大岳神社と、お狗さまのご利益

大岳神社

廃墟の先に大岳神社があります。山荘よりさらにひっそりとした神社で、狼を祀っています。農家の稲倉ほどの小さな拝殿。周囲には注連縄の張られた大岩と老木。神職の姿はありませんが、そのぶん霊気がみなぎっている感じがします。

賽銭を入れて柏手を打ってから、ふと思いました。お狗さまのご利益って、なんだろう。

はやま

帰って調べたら「盗難除け」と「魔除け」でした。廃墟に棲まう物の怪も祓ってくれているのかもしれません。あの廃墟の前で、もう少し丁寧にお参りしておくべきでした(笑)

大岳山頂——奥多摩の山々を一望する

大岳神社から岩場と鎖場を15分登ると、奥多摩三山のひとつ、大岳山(1267メートル)の山頂です。

大岳山(1267メートル)の山頂

奥多摩と丹沢の山々が一望できます。黄砂で霞んでいましたが、裸眼では富士山も見えました。山頂でコーヒーを淹れて、しばらく景色を眺めていました。

ロックガーデン——アニミズムを体で知る

帰りは綾広の滝を経由して、ロックガーデンへ。

綾広の滝

綾広の滝は、祓戸大神と蔵王権現を祀る行場です。現在も滝行が行われているそうです。滝壺から流れ落ちた水が、岩の間を縫うようにして下流へと続いています。

ロックガーデン

その流れに沿って歩いていくと、ロックガーデンに入ります。

苔むした岩を縫うように清流が走り、鮮やかな緑が渓谷を埋め尽くしている。山鳥がどこかでさえずっています。足元の水音と、葉の揺れる音だけが聞こえる。

ロックガーデン

ここに来たとき、アニミズムというものが体でわかった気がしました。この岩に、この苔に、この水に、霊魂が宿っている——そう信じた人々の感覚が、肌で実感できる。いや、信じた、という過去形ではありません。今この瞬間も、ここには何かがいる。

はやま

『もののけ姫』の世界と言いたいところですが、むしろ逆で、宮﨑駿はここから『もののけ姫』を作ったのかもしれない、と思いました。修験者たちがこの地に道場を築いたのも、歩いてみると納得できる。ここは特別な場所です。
七代の滝

七代の滝まで下りてから、長尾平分岐へ戻り、帰りはケーブルカーで下山しました。車窓からの眺めは思ったより平凡で、こんなことなら歩いて下りればよかったと少し後悔しました。

かんながらの道

あのおじいさんが言った「かんながらの道」という言葉を、この山を歩いたあとも時々思い出します。

神道は、宗教というより生き方の哲学に近いものだと思っています。自然を大切にして、すべての命に等しく敬意を払って、人を思いやる。その根底に流れているのが、この世界に存在するすべてのものに霊魂が宿るというアニミズムの感覚です。

神代ケヤキの前で首が痛くなるまで上を見ていたこと。廃墟の前で感じた「何かに見られている」という感覚。ロックガーデンで、苔と水と光の中に確かに何かが息づいていると感じたこと。そういう体験が積み重なって、「かんながらの道」という言葉がすこしずつ自分のものになっていく気がします。

ケーブルカーで下りながら、今度は歩いて下りようと思いました。ゆっくり、時間をかけて。

はやま
はやま

娘といっしょに登った武甲山にも狼の狛犬がありました。その話はこちらで。