食卓の七色——火・水・白・結晶・大地・甘み・発酵で読む「生活の哲学」

火について書いた。

水について書いた。

豆腐について、塩について、米について、甘みについて、発酵についても、書いてきた。

ある夜、これまでの記事を並べながら、ふと気づいた。これはひとつの食卓じゃないか、と。

火は赤い。水は透明だ。豆腐は白い。塩は結晶のように光る。米は大地の色をして、甘みは黒く、発酵は茶色に深まっていく。

色で読むと、食卓はひとつの宇宙になる。

この記事は、そのことについて書いています。

赤——火(熱・生命・記憶)

人間が初めて火を使ったのは、およそ百万年前だといわれています。

ガスコンロの青い炎は、その記憶とつながっています。焚き火の前で感じるあの落ち着き。鍋が沸いてくる音に体がゆるむ感覚。それは気のせいでも感傷でもなく、進化のなかに刻み込まれた、古くて深い安堵感です。

火は料理の始まりであり、食卓のいちばん熱い場所です。赤は、生命のスイッチの色です。

透明——水(旅・時間・沈黙)

水は無味で無臭で透明だと、ずっと思っていました。でも名水百選の湧き水を初めて口に含んだとき、考えが変わりました。甘かった。東京の水とは、まるでちがった。

湧き水をひとくち飲むとき、わたしたちが口にしているのは、数年~数十年前に降った雨です。山の岩が、土が、長い時間をかけて磨きあげてきたもの。「水といっしょにその土地の時間を飲んでいる」——。取材から帰る車の中で、そう思いました。

日本の軟水が、あの繊細な出汁をつくりました。この国が軟水の国だから、日本の食はこんなにも優しい。火が語る一方で、水はいつも沈黙しています。その沈黙のなかで、すべてを支えています。

白——豆腐(余白・静けさ・祈り)

豆腐は、白い沈黙の食べ物です。

音も立てず、主張もせず、においさえほとんどない。それなのに、食卓にあると場が整う。豆腐の白は「余白」の色です。日本の美意識——引き算の美学がそのまま形になったような存在です。

ごはんを炊くときの静けさも、小豆をただ煮るときの時間も、この白に属しています。急がない。飾らない。ただそこにある。

はやま

複数の豆腐屋さんを取材してわかったことがあります。豆腐職人は、みな早起きです。夜明け前から豆を煮て、絞って、固める。その静けさのなかで生まれるから、豆腐はあんなに白いのかもしれません。

結晶——塩(縦糸・調律・発酵の門番)

塩は、食卓の縦糸です。

精製塩をやめて天然塩に変えたとき、料理の味が変わりました。同じ素材、同じ火加減で、何かがちがう。塩はただ塩辛くするためのものではなく、素材の声を引き出す「調律師」です。

発酵の世界では、塩は門番でもあります。ぬか床に塩を足す。味噌に塩を混ぜる。塩麹をつくる。塩がなければ、発酵は暴走します。適切な塩が菌を整え、旨みを育てる。塩は、食卓の芯をつくる結晶の色です。

大地——米(根・基礎・日本の中心)

日本語で「ご飯」は、米のことであり、食事のことであり、一日のことでもあります。「ご飯、食べた?」と聞くとき、わたしたちは米のことだけを聞いているわけではない。暮らしのことを聞いています。

米は、日本の食卓の重力です。何があっても、ここに戻ってくる。ごはんを炊くという行為が1300年続く祈りだというのも、大げさではないとわたしは思っています。

米は発酵文化の出発点でもあります。甘酒も日本酒もみりんも、米なしには生まれなかった。大地の色は、根の色です。

黒——甘み(慰め・ご褒美・文化の記憶)

甘みは、人間の最初の味覚です。

母乳は甘い。だから甘みは安心と結びついている。疲れた夜に甘いものを求めるのは、意志が弱いからではなく、体がそれを必要としているサインだとわたしは思います。甘みをただ「悪者」にするのは、少し気の毒な話です。

沖縄の黒糖には、土地の記憶が溶けています。さとうきびが風に揺れる島の香りが、あの黒さのなかにある。

みりんの甘み、甘酒のやさしさ——。発酵によって生まれる甘みは、単純な甘さではありません。米のでんぷんが糖に変わる過程で、旨み成分がいっしょに溶け込む。白砂糖とはちがう、奥のある味わいです。

茶色——発酵(時間・菌・熟成)

発酵は、時間の仕事です。

醤油は、大豆と塩と麹が数か月から数年かけてつくるもの。味噌も、酢も、ぬか漬けも、塩麹も、甘酒も——。菌が働く時間が旨みをつくります。仕込んだら気長に待つ。それが発酵というものです。

発酵食品が体によいといわれるのは、菌そのものだけでなく、その過程で生まれるアミノ酸や有機酸、ビタミン類が栄養の質を高めるからだと考えられています。日本の食卓は、世界でも類を見ない発酵文化に支えられています。

茶色は、熟成の色です。待つことを知っている人間の、色です。

食卓という宇宙

火は赤く、豆腐は白く、水は透明で、塩は結晶のように光る。

米は大地の色をして、甘みは黒く、発酵は茶色に深まっていく。

色で読むと、食卓はひとつの宇宙になる。

はやま

このシリーズをまとめて「食の根っこ」と呼んでいます。火・水・塩・米・豆腐・甘み・発酵——。日本の食を根っこから支えるものについて、これからも少しずつ書いていきます。

それが、わたしの「生活の哲学」です。

それぞれに哲学があり、歴史があり、職人がいて、菌がいる。あなたが毎日なんとなく用意している食卓は、そういうものでできています。

「ただの食事」なんて、本当はないのだと思います。