葉山一郎
神道は宗教なのか
七つ前は神の内——お宮参りと七五三、それから初詣
いただきますとごちそうさま——ラジオDJと神饌と神人共食
神社という空間——なぜあそこに立つと、気持ちが整うのか
見えない柱を失った日——日本人の心に生まれた空白のこと
水で清めるという思想——禊と、現代のセルフケアの意外なつながり
祓えと清め——日本人の潔癖さには理由がある
死んだら、どこへ行くのか——先人たちが持っていた、おだやかな答え
神隠しと隠れんぼ——異界を捨てた日本人
娘とお伊勢参り:神道と日本人のルーツをたどる旅(ほんとはただの伊勢神宮・パルケエスパーニャ旅日記)
ご飯を炊く、ということ——千数百年続く、静かな祈り
「娘が中学受験で不合格でした。どう声をかければいいか」——食卓アドバイザーはやまに相談してみたら
舌はうそをつかない——妻の更年期と今日の一皿のちから
米には捨てるところがない——酒粕という、滋養の塊
書いたら、忘れる。——「それでいいのだ」
答えは、自分の中にある。——でも、一緒に考えます。
育てようとしていなかった、という話。
人間は、動くように設計されている。