娘が誕生日にくれたのは、箸置きだった。
「パパ、これスマート箸置きだって。お酒の飲み方を記録してくれるんだよ」
見た目はただの白い陶器の箸置きだ。だが中にセンサーが入っていて、杯を持ち上げた回数、置いた回数、飲む速度を計測し、スマホに送ってくるのだという。最近の健康グッズはどうかしている。
「いらないよ、そんなもの」
「お酒、飲みすぎだから」
そう言われると弱い。その夜から、僕の晩酌は箸置きの監視下に置かれることとなった。
熱燗を一口飲むと、スマホが鳴る。
——飲酒ペースが速すぎます。お猪口を置いてください。
置いた。三分後、もう一度持ち上げた。
——前回の飲酒から十分空けることを推奨します。
口うるさい小姑みたいだ。無視して飲んだ。すると今度はこうきた。
——本日の推奨量に達しました。明日の体調をシミュレーションしますか?
しない。シミュレーションなどしない。明日の僕がどうなろうと知ったことではない。まだぜんぜん飲み足りないのだ。今日の僕に明日の僕を心配する義理なんかない。それが晩酌というものの掟である。
しかし箸置きは容赦がなかった。翌日、食卓につくと娘がスマホを見ながらにやにやしている。
「パパ、昨日の夜、推奨量の二、三倍だって」
「機械が壊れてるんだな」
「グラフも出てるよ。十一時からペースが上がってる」
十一時。妻が寝た時間である。データは正直だ。僕は黙って味噌汁をすすった。
考えてみれば、日本酒というのは本来、計測とは正反対の飲み物である。雪冷え、花冷え、日向燗、人肌燗——昔の人は酒の温度を、数字ではなく季節や体に重ねて表現した。徳利を振って残りを確かめ、杯を重ねて夜の深さを測った。あいまいで、いい加減で、だからこそおおらかだったのだ。
それがいまや、僕の杯の上げ下ろしはすべてクラウドに記録され、グラフ化され、娘に閲覧されている。江戸の酒飲みが見たら腰を抜かすだろう。それとも案外うらやましがるだろうか。「明日の体調をシミュレーション」は、二日酔いに苦しんだ先人たちの悲願でもある。
数日後、僕は箸置きに対抗策を講じた。猪口を箸置きから離れた場所に置き、センサーの死角で飲む。完璧な作戦だった。
ところが翌朝、スマホにこう表示された。
——飲酒データが取得できませんでした。隠れて飲むのは、健康リスクを高めます。
図星を突かれて、僕は朝から咳き込んだ。隠れて飲むという手口まで読まれている。開発者は何者だ。おそらく晩酌を愛し、家族に怒られてきた男にちがいない。仕様のすみずみから同志の気配がする。
その夜、僕は観念して箸置きの正面で飲んだ。人肌燗をゆっくり、間隔を空けて。
——良いペースです。
機械に褒められてもな、と思いながら、心の隅にまんざらでもない自分がいた。五十を前にして、箸置きに褒められて喜ぶ男になるとは思わなかった。
猪口を置くたび、コツと小さな音がする。その音を聞きながら思った。監視されているのではない。娘が、晩酌する僕の隣に座っているのだ。口うるさくて、おせっかいで、けれど僕の体を、僕より心配しているオシャレリアンが。
——本日の飲酒を終了しますか?
終了する、を押した。
徳利には、まだ一合残っていた。残すという芸当ができたのは、いつ以来だろう。
台所の灯りを消す前に、箸置きを布巾でそっと拭いた。
——おまえも今日一日、よく働いたな。
はやま
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