「パパ(ママ)が健康に無頓着で困っています」——食卓アドバイザーはやまに相談してみたら

家族の食卓

共働きで二人の子どもを育てながら、健康に無関心な夫のことをずっと心配してきました。体に気をつけてほしいと言うたびに喧嘩になる。「野菜を食べて」と言っても聞かない。お昼はコンビニ弁当を平気で食べ続ける。健康診断の結果を見ても「まあ、大丈夫でしょ」と笑っている——。どうしたらいいかもうわかりません。

今回の相談者は、30代のBさん。健康に無頓着なパートナーの様子を見て、心配でならない。でも何を言っても伝わらない。こんなもどかしさを抱えている方は少なくないと思います。

ただ説得しようとするのは、やめたほうがいい。わたし自身がかつて説得されても変わらなかった側だからこそ、そう思うのです。

人は言葉では変わらない

若い頃のわたしは、食べるものに何の関心もありませんでした。

実家を父に「出ていけ」と追い出され一人暮らしを始めてから、野菜なんてほとんど口にしない日々が続いていました。

コンビニの弁当、カップ麺、ファストフード。発酵食品という言葉は、頭の片隅にもない。それでも体は何も言わない。だるくもならず痛くもならず、「ほら、なんともないじゃないか」と、わたしは若さを過信していました。

体というのは、ずいぶん気の長いやつです。借金の取り立てのように、その場で請求してはきません。何年もかけて静かに帳尻を合わせにくる。それを思い知ったのは、体を壊して寝込んでからのことでした。

でももしあの頃、誰かが「野菜を食べろ」「酒を減らせ」「このままだと体を壊すぞ」と正論を並べてくれていたとして、わたしは変わっただろうか。変わらなかった。言い切れます。むしろ「わかってるよ、うるさいな」と顔をしかめ、その小言から逃げるように、また濃い味のものを酒とともにかき込んでいただろうと思います。

説得は逆効果になることも

健康に関する正論は往々にして相手を追い詰めます。逃げ場を失った人間は大抵、意地になる。そのストレスがまた不健康な食行動を引き寄せるのです。

だから健康に無頓着な相手を言葉で変えようとするのは、ほとんどの場合うまくいきません。説得すればするほど、二人のあいだの距離だけが開いていく。かつて説得される側にいたわたしが身をもって知っていることです。

では、どうするか。

黙って食卓を変える

わたしの答えは、ばかみたいに単純です。黙って味噌汁を出す。相手を変えようなどとは考えない。ただ、毎日の食卓に少しずつ本物を並べていく。

出汁を引き、生味噌を溶いた一杯を、朝のテーブルに当たり前のように置く。ぬか漬けを小皿に盛る。きんぴらや炊き込みご飯で、ごぼうやれんこんを真ん中に据える。「体にいいから食べてみて」とは言わない。うまそうな匂いがする皿があれば、人は黙って箸を伸ばします。

食卓を変えるというのは、説教の道具をひとつ増やすことではなく、その家の匂いを少しずつ入れ替えていくような地道な作業なのだと思います。

変わるのはいつも「そのとき」が来てから

正直に言うと、食事に無頓着な人間が食を見直すきっかけは、ほとんどの場合、体に異変が出たときです。わたしもそうでした。

人はそのときが来るまで変わらない。だからこそ、そのときが来る前に食卓だけは整えておく。倒れたあとに台所に本物の味噌があるか、ぬか漬けがあるか、根菜があるか。その積み重ねが立ち上がるまでの速さを決めます。何より倒れないための土台になるのです。

言葉では人は変わらない。それでもわたしは今日も黙って味噌汁を出す。その一杯が向かいに座る誰かの体を気づかれないまま守っていると信じているからです。

それでも心配なら——次の一篇の渡し方

そうはいっても、本人に少しくらい自覚してほしいと思う場合、この記事を送ってみてください。お父さんに向けて書きました。よかったら読んでもらってください。

脅すためではありません。「いまは何ともない」という感覚がいかに危ういかを淡々と書いています。

ただし、あくまでさりげなく。読んで、と強制はしないこと。「これ読んで」と言った時点で、ただの小言になります。

「変な記事があったんだけど」くらいの顔で渡すのがいい。

読まなくたってかまいません。

味噌汁と同じで、そこにあるだけでいい。