結婚して数年間、我が家には恒例行事があった。
毎年、連休前になると義母から一本の電話がかかってくる。
「この日を開けておきなさい」
それだけ告げて一方的に切れる。こちらの予定や仕事の都合などはおかまいなしだ。
僕ら夫婦は「強制連行アラート」と呼んでいた。電話だというのに受話器越しに義母の唾液が飛んでくるような気がした。
アラートが告げるのは、一泊二日の家族旅行の開幕である。メンバーは義母と義父、義兄夫婦とその息子、それと僕たち夫婦の計七人だ。ちなみに義父は土木関係の零細企業を経営しており、義兄は次期社長として義姉と一緒にその会社で働いている。
さて、この旅行であるが、ふだんから夜型の生活を送っている僕にとって、なによりきついのが出発時刻だった。
毎回、日の出前には実家を出る。渋滞につかまらないようにとのことだったが、そのため義実家での前泊が必要となる。僕は都合二泊三日のスケジュールを確保しなければならなかった。
しかしながら、ほぼ一睡もできない。毎回血走った目でワンボックスのシートに沈み込むことになる。しかも車の中では一睡もさせてもらえない。義兄が延々とクイズを吹っかけてくるからだ。
——一郎くん、夕焼けの空がなぜ赤いか知ってる?
——ペリーが開港させたのはどこでしょう?
大方、小学生の息子に買い与えた科学や歴史の本、図鑑なんかで仕入れた知識を開陳しているのだろう。知識のひけらかしは成熟した大人のやることではない。だが、車内の親族一同は耳を澄ませ、僕の答えを待ちかまえている。
彼らの中で、出版の世界に片足を突っ込んでいる僕は、どうやら都会のインテリと位置づけられているらしく、義兄などはとくに激しい対抗心を燃やしているようであった。
「浦賀だから……横須賀かな」
僕がそう言うと、待ってましたとばかりに義兄は口でブザーを鳴らした。
「ぶっぶう。残念。正解は伊豆の下田」
正解すると実に悔しそうな顔をするが、まちがえるとうれしくてたまらないといった様子で、嬉々として正解を語り始める。そのドヤ顔たるや、図鑑に載せたいほどである。
「ああ、そうか。寝ぼけてて」
寝かせてくれ。頼むから寝かせてくれ。ペリーが浦賀に来たことより、いま君が次々に出題するクイズのほうが、僕には黒船より脅威だ。
「そんなばらばらの知識をいくら集めても、世界は少しも面白くならない。知識は有機的に結びついて初めて役に立つものに……」と喉元まで出かかったが、ぐいっと飲みくだした。
力なく笑って、僕は窓の外に目をやった。
黒船の話がきっかけとなって、薄ぼんやりとした頭の中で勝手な連想が広がっていく。
かつて日本中の物資が船で江戸に集まる際、密貿易を取り締まるための検問所があったのが、伊豆の下田だった。
江戸の人口が増えるなか、それが浦賀へ移された。だからペリーは江戸を脅かすため、浦賀へ直行したんだ。それで幕府は、江戸にほど近い浦賀からペリーを追い払いたくて下田を差し出した。
そういえばペリーって、大統領の手紙と一緒に日本に白旗を押しつけてきたんだったな。日本ではそれまで白旗は源氏の旗だった。世界では白旗が降伏のサインだってそのとき初めて知ったらしい。
ペリーのやり方をまねて、日本はそのあと鎖国中の朝鮮を開港させたというのは知られた話だけど、司馬遼太郎の『歳月』の描写はリアリティがあったな。
まあ無理やり開国されられたけれど、小学校制度が始まったのはアメリカの力添えがあったからだし、黒船を見てから蒸気船を作り始めて、数年後には勝海舟がアメリカに渡ってる。
勝海舟って確かうちの近所の出だったよな。子どもの頃に野良犬に噛まれて急所を噛み切られたそうだけど、想像するだけで縮みあがる。彼は縮みあがるものをなくしたわけだけど……。
重傷を負って、手術の際に泣きわめいてたら、犬死にするつもりかと父親が刀を枕元に突き立てたって話があるけど、駄洒落を言うタイミングかね。海舟は死ぬまで犬が嫌いだったって、そりゃそうなるよね。
——どこまでも続く思考の流れをぼうっと眺めていたときだった。
ふいに気がついだのだ。義兄がそこまで必死にクイズ合戦を挑んでくるのには、実は正当な動機があったのではなかろうかと。
妻の実家は恐ろしいほど読みまちがいの多い一族だ。
「(昔取った)杵柄」を「きねつか」と言う。「轍(を踏む)」を「わだち」と読む。ここまではよくある。でも数か月前、義母が胸を張ってこう言ったときは卒倒しそうになった。
「高木さんのお店、またニューリアルしたんだって。どこにそんなお金隠してるのかしら。むしゃくぞうに出てくるわよね」
む、むしゃくぞう。のみならず、ニュ、ニューリアル。
食べていた天津甘栗をぶっと吹きそうになったのをなんとかこらえ、それでも僕はその場で黙っていた。義実家では波風を立てない。処世術である。
ただ編集者という人種は、言葉には異常に敏感だ。神経質と言ってもいい。帰りの電車の中、気がつくと僕は本音を妻にぶちまけていた。
「お義母さん、ニューリアルって言ってたよね。文脈的にリニューアルだよね」
「あ、それ私も思った」
「あと、むしゃくぞう。あれ、むじんぞうって読むんだよ。尽と尺を取りちがえてるね。初めて聞いた。あんな読みまちがい。むしゃくぞうって、まるで怒り狂った象が暴れてるみたいじゃないか」
がらがらの車内だったから、思わず、あははと声が出た。
「え? むしゃくぞうって言葉あるよ。それとは別の言葉じゃない?」
「え」
「え?」
そういえば、妻も言いまちがい、読みまちがいの多い人だった。
帰宅後、妻はいつものように実家に電話をしていた。無事に帰ったと告げるためである。そのとき僕は風呂に浸かっていた。当時住んでいたのは2DKの狭い賃貸だった。電話の声はほぼ筒抜けだ。
「……お母さん、むしゃくぞうって言葉ね、むじんぞうって読むらしいよ。一郎がげらげら笑ってたよ。恥ずかしい。君の実家の人たちはほんとに……」
血の気が引いた。
と、ここまで思い出して、僕の中にあったパズルか一気に解けた。
義兄の執拗なクイズの応酬は、僕が起こした「むしゃくぞうの乱」で傷つけられた一族の矜持を取り戻すためのものだったのだ。
そう思うと、彼のドヤ顔も悔しそうな表情も少しだけ健気に思える。しかしそんなことより——もとはと言えば、僕が裏で妻に笑いながら話したのがいけなかった。自業自得ではないか。
ホテルに到着し、徹夜明けの重たい頭で温泉に浸かりながら、僕は知識というものについて考え込んでしまった。
言葉の読み方は知っていた。けれど、それを少しでも鼻にかけてはいなかったか。他人のまちがいを裏で正した結果、めぐりめぐって車内の不和を生んだのではないか。
ソクラテスは、無知の自覚こそ知の出発点だと言った。自分が何も知らないことを悟ったから、僕は本をたくさん読んできた。世界をより深く知るために知識を構造化しようとしてきたはずだった。
それなのにいつしか、知識を他人の無知をあぶり出す道具として使うようになっていたのではないか。知識の扱い方をまちがえていたのは、僕のほうではなかったのか。クイズの正誤に一喜一憂する義兄を、心のどこかで冷ややかに見ていた自分こそ、生きた知識から遠い場所にいたのかもしれない。
湯煙の向こうで、湯上がりのビールをうまそうにあおる義兄の姿が見える。
次の連休前、義母からの強制連行アラートが鳴ったら、今度はしっかり寝られるようにがんばってみよう。それから義兄の繰り出すペリー来航に、今度は快く一本取られてあげよう——そんなことを考えていたらのぼせてしまった。
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