夫婦喧嘩が絶えない——哲学者三人に相談してみたら

夜の部屋

夫婦喧嘩は、どの家庭にもある。

でも「絶えない」となると話が違ってきます。ちょっとしたことで火がつく。売り言葉に買い言葉。謝っても謝られても、どこかすっきりしない。また同じことで怒鳴り合う——その繰り返し。

「もう疲れた」と感じているあなたに、今日は三人の哲学者の言葉を届けます。アリストテレス、ショーペンハウアー、ハンナ・アーレント。問題を解決する「答え」ではなく、少し視界が開ける「見方」を持ち帰ってください。

アリストテレスの答え:「怒りは悪ではない。方向と量の問題です」

まず登場するのは、古代ギリシャの哲学者、アリストテレス。プラトンの弟子であり、論理学・倫理学・政治学など、あらゆる学問の礎を築いた人物です。感情についても精密な分析を残しています。

彼はこう言うでしょう。

「あなたたちは怒っているのではありません。怒りの”方向”と”量”がズレているだけです

アリストテレスは、怒りそのものを否定しませんでした。「怒りは、正しい相手に、正しい程度で、正しいタイミングで向けるべきものだ」と言います。怒りに任せて感情を暴走させるのではなく、使い方のコツをつかみなさいというわけです。

夫婦喧嘩が絶えないとき、多くの場合、怒りの矛先がズレています。本当は仕事の疲れや孤独感に向かうべき怒りが、たまたま目の前にいる相手に向かう。本当は「もっとわかってほしい」という訴えであるはずのものが、責める言葉になって出てしまう。

アリストテレスならこう続けるでしょう。「喧嘩の後、少し落ち着いたときに問いかけてみてください。わたしは本当は何に怒っていたのか。相手のどこに、どれくらい怒っていたのか。その問いが持てたとき、次の喧嘩は少し変わります」

怒りを「性格の問題」ではなく「構造の問題」として見ると、不思議と心が軽くなります。

はやま

怒りに飲み込まれそうになったとき、わたしは「これは本当に相手への怒りか?」と一瞬だけ自分に問いかけるようにしています。たいていの場合、答えは「違う」です。

ショーペンハウアーの答え:「夫婦が疲れているのは、世界が思い通りにならないからです」

次に登場するのは、19世紀ドイツの哲学者、アルトゥル・ショーペンハウアー。「悲観主義の哲学者」として知られ、人間の苦しみを正面から見つめ続けた人物です。暗い人と思われがちですが、その悲観には不思議なやさしさがあります。

彼はこう言うでしょう。

「夫婦喧嘩は、ふたりが悪いのではありません。“世界が思い通りにならない”という事実に、ふたりが同時に疲れているだけです

ショーペンハウアーは、人間の苦しみの根源は「自分の意志が世界に通らないこと」だと言いました。仕事でうまくいかない、思うように休めない、子どもが言うことを聞かない、自分の気持ちが伝わらない——。人はそういう「思い通りにならないジレンマ」を毎日抱えながら生きています。

その疲れが、家に帰ったとき、一番近くにいる相手に向かう。「うちだけがこんなに喧嘩ばかり」ではありません。どの夫婦も、程度の差はあれ、同じ疲れを抱えています。

ショーペンハウアーの「悲観のやさしさ」はここにあります。「あなたたちが特別に相性が悪いわけではない。人間とはそういう生き物だから」——。この言葉で、肩の力が少し抜けるとしたら、それでじゅうぶんです。

はやま

「人間とはそういうもの」という視点は、不思議と怒りを鎮めてくれます。相手を責める前に、ふたりとも疲れているのかもしれない——そう思えるようになると、違う景色が見えてきます。

アーレントの答え:「ふたりは今、別々の世界に立っています」

三人目は、20世紀ドイツ出身の哲学者、ハンナ・アーレント。ナチス政権を逃れてアメリカに亡命し、全体主義の分析や「人間の条件」についての思索で知られる人物です。「対話」と「言葉」の力を深く信じた哲学者でもありました。

彼女はこう言うでしょう。

「あなたたちは同じ家に住んでいるのに、今“別々の世界”に立っています。対話とは、その世界をもう一度つなぎ直す行為です

アーレントは、人間は語り合うことで世界を共有すると考えました。逆に言えば、語り合わなくなると、ふたりはたとえ同じ屋根の下にいても、少しずつ別々の世界に住み始める。

喧嘩が絶えない夫婦は、しばしば「言葉の量」は多いのに「対話」ができていない状態にあります。言葉は飛び交っているけれど、相手の世界を理解しようとする言葉ではなく、自分の正しさを証明しようとする言葉ばかりになっている。

アーレントならこう続けるでしょう。「対話とは、勝ち負けのない会話です。相手の言葉を、自分の反論の準備をしながら聞くのではなく、ただ受け取ろうとすること。それだけで、断絶した世界は少しずつつながり始めます」

はやま

喧嘩の最中に「相手の世界を受け取ろう」とするのは難しい。だから喧嘩の最中ではなく、静かなときに試してみてください。「最近、何がいちばんしんどい?」。こうしたひと言が、対話の入口になります。

最後に葉山から:クールダウンという技術

三人の哲学者の言葉、いかがでしたか。

わたし自身の話をします。以前はよく喧嘩をしていました。でもあるとき気づいたのです。怒り続けても、自分に益がひとつもないということに。腸内細菌が勝手に騒いでいるだけだということにも(笑)

それからは、瞬発的に火花が散ることはあっても、ヒートアップすることがほぼなくなりました。カッとなって何か言ってしまったとき、わたしはハッとして黙り、自室に戻ります。ひとりで感情の整理をする——というより、考えるのをやめる。怒りを熟成させているのではなく、忘れるための時間です。

そのことをパートナーにきちんと伝えたのが、転機でした。「部屋でひとりで腹を立てているわけでも、君をやり込める方法を探しているわけでもなく、ただ頭をからにしている。そうすれば自然と怒りが消滅するから」と。仲直りを急がせようとされると逆効果になる、ただのクールダウンタイムだから待っていてほしい、と。

言葉にして伝えることで、相手も安心できる。アーレントの言う「対話」は、喧嘩の最中ではなく、こういう静かな瞬間にこそ機能するのだと思います。

喧嘩が絶えない夫婦は、実は「まだ関係を諦めていない夫婦」でもあります。

今夜、喧嘩の後でも、喧嘩の前でも梅しょう番茶を一杯。怒りで緊張した体を、まず内側から落ち着かせてください。腸が静まると、不思議と気持ちも静まります。

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