節分の夜、我が家は全員、西南西を向いて黙っていた

恵方巻を食べながら変顔を作る父

節分の夜のこと——。

我が家の食卓では、家族三人が同じ方角を向き、無言で太巻きにかぶりついていた。

誰もしゃべらない。目も合わせない。ただ一心に、同じ壁を見つめて咀嚼している。冷静に描写すればするほど異様な光景だ。よその国の人がこれを見たら、何かの儀式が始まったと思うだろう。実際、儀式なのだが。

開始前に、娘がスマホのコンパスで方角を測った。「西南西って、あの棚のあたり」千年の信仰と最新のセンサーが、こうして手を結ぶ。いい時代である。

恵方巻のルールは三つだ。恵方を向く。切らずに一本食べる。食べ終わるまでしゃべらない。しゃべると運が逃げ、切ると縁が切れるのだという。

この無言ルールが曲者なのだ。

食べている途中、ずっと黙ったままでいるのが、僕は性格的につらい。背中のあたりがそわそわしてくる。子どもの頃よくやった無言ゲームでも、一撃必殺の変顔を編み出すまで負け続けていた。

あれ、どんな顔だったかな。上を向いて両目を半開きにして、鼻の穴をふくらませて、口をすぼめて……。

ブッ! 娘が吹き出した。「あはは。パパ、何その……」妻が娘を見て、無言のまま激しく首を横に振る。娘はハッとした顔になり、口をつぐみ、何かをあきらめた様子で咀嚼に戻った。

無言ルールの犠牲者である。縁は守られたが、運は失った。太巻きの後半は味が薄かったそうだ。食べ終わったあと、僕がお目玉を食らったのは言うまでもない。

ところで恵方巻は、実はそれほど古い伝統ではない。もとは大阪あたりの節分の習俗で、起源には諸説ある。それが全国区になったのはコンビニが「恵方巻」と名づけて売り出してからで、平成の話なのだ。つまりこの行事、千年の伝統のような顔をしているが、全国デビューは僕より年下なのである。

ではインチキかというと、僕はそうも思わない。

恵方というのは、その年の年神さまがいらっしゃる方角のことだ。方角は年ごとに変わるが、実は四方位しかない。節分の夜は日本中の家族が、神さまのいるほうをいっせいに向いているわけだ。

さらに気づいたことがある。我が家の面々がふだん、いかにバラバラの方向を向いているか。

納豆の混ぜ方はバラバラ。見ているスマホの画面もバラバラ。休日に行きたい場所もバラバラ。別にそれでいいのだけれど、この家族が物理的に同じ方角を向く日が、年にどれだけあるだろう。

行事食には、そういう仕掛けもあるのかもしれない。年に数回、バラバラの家族を強制的に同じ方向に向かせる。由来が販促だろうと何だろうと、同じほうを向いて黙っていた数分間は本物だ。同じ目的で同じ動作を同時に行なう。神さまの居場所を借りた、ご先祖と企業の合作によるチームビルディング。それで十分ではないか。

「何をお願いしたの? パパのせいでしゃべっちゃったんだから教えて」娘がしつこく聞いてくる。

「言ったら逃げる」僕は頑として答えない。娘の幸せがかかっている。

来年の恵方は、もう決まっている。この家で、神さまの予定だけが一年先まで立っている。