体は静かに焦げる——糖質が体に悪い理由は、老化を促進する糖化だった

人体図

糖質が体に悪いと聞くけれど、なぜなのかよくわからない——そう感じている人は多い。

テレビや雑誌では「糖質制限」「低糖質」という言葉が飛び交い、コンビニには糖質オフの商品が並ぶ。なんとなく糖質を摂りすぎるのは良くない気がするが、体の中で何が起きているのかまでは理解も説明もできない。

糖質とは、炭水化物から食物繊維を引いたものだ。

白米、パン、麺類、芋類、菓子、ジュース……。これらはすべて糖質を多く含む食品である。口に入ると消化されてブドウ糖になり、血液に乗って全身に運ばれていく。ブドウ糖は脳や筋肉を動かすエネルギー源だから、それ自体は悪いものではない。

問題は「量」と「速さ」である。

血糖値スパイクが体を傷つける

お菓子やジュースなど糖質の多いものを一気にたくさん食べると、血糖値(血液中の糖の量)が急激に上がる。すると体はインスリンというホルモンを大量に分泌して血糖値を下げようとする。その結果、今度は血糖値が急降下。この乱高下が「血糖値スパイク」と呼ばれるものだ。

血糖値スパイクが引き起こす不調は、集中力の低下、イライラ、強い眠気、疲労感など。繰り返すことで血管にもダメージが蓄積していく。

見えないものを、見えるようにする

体を壊したとき、僕は自分の体を実験台にすることに決めた。本や論文を片端から読み、これはと思うものを手当たり次第に試していく。その頃しばらく続けていた習慣がある。その日食べたものと体の調子を残らず書きつけておくのだ。

朝に何を食べたか。昼は、夜は。あいだに何をつまんだか。その日、体がどう感じていたか。だるかったか、頭は冴えていたか、夜はよく眠れたか。手帳にただ淡々と記していく。

初めは何も見えなかった。文字が並んでいるだけだった。

ところがひと月ふた月と続けるうちに、ぼんやりとした模様が浮かんできた。あの日の午後の猛烈な眠気は、昼に食べたあれのせいだったか。幾日も抜けなかったあのだるさは、そういえばあれを食べ続けた時期と重なっている——。点でしかなかったものが線でつながり、やがて一枚の面になる。食べたものと体の調子が、目に見える地図になっていった。

食と体のつながりは、ふだん目に見えない。口に入れた瞬間に何かが起こるわけではないからだ。じわじわと時間をかけて、気づかないところで進んでいく。

なんとなく体に良くない気がする——その感覚は大抵正しい。ただ、目に見えないから確信が持てないだけだ。記録はその見えないものに輪郭を与えてくれる。

糖質が体に悪い本当の理由は「糖化」だった

見えないまま体の奥で進んでいくもの。その最たるものが糖化だろう。

糖化を台所の風景にたとえてみよう。

鉄板の上でホットケーキがこんがり色づいていく。あの香ばしいきつね色。焼き網の上で、肉に食欲をそそる焼き目がつく。パンの耳がぱりっと色濃くなる。台所で毎日のように目にする、あのおいしそうな色——あれとよく似たことが、実は僕らの体の内側でも静かに進んでいる。

血液の中に糖があふれると、それが体のたんぱく質と手を結んで、じわじわと色を変えていくのだ。台所では香ばしさになるその反応が、体の中ではありがたくない置き土産になる。少しずつ血管をこわばらせ、肌のしなやかさを奪っていく。

その結果として、動脈硬化が進んだり、腎機能や脳の働きが低下したりする。関節が硬くもろくなり、体内の酸化や炎症が促進する。肌のしわ、たるみ、しみが増えていく。世にいう老化のかなりの部分は、この内側の色づきのことだと言っていい。やっかいなのは、こうしてできたものがなかなか外に出ていってくれないことだ。

もっと手ごわいのは、それが外からも入ってくることだ。糖を多く含んだものを高い温度で焼いたり揚げたりすると、この色づきはどっと増える。からりと揚がったフライドポテト、こんがりしたスナック菓子、甘いタレをからめた焼き鳥、みたらし団子。うまそうな焼き色は大抵、そのサインでもある。糖が多く、そのうえ焼き目も多い。二重の意味で暮らしにそっと年輪を刻む食べ物というわけだ。うまいのに意地悪な話である。

現代人が糖質を過剰摂取しやすい理由

糖質そのものは太古の昔から人間が食べてきたものだ。ではなぜ、現代になって摂りすぎが問題になっているのか。

理由はふたつある。

ひとつは精白や品種改良によって糖質の質が変わったこと。もうひとつは運動量が激減したこと。農業や肉体労働が中心だった時代と比べ、現代人はエネルギーを使わなくなった。摂取した糖質を消費しきれず、体内に蓄積されやすくなっているのだ。

現代の食環境も問題に拍車をかけているだろう。テレビ、SNS、コンビニ……。どこを見ても、糖質たっぷりの食べ物の情報であふれている。おいしく見えるように加工された食品が手軽に手に入り、気がつけば一日中糖質を摂り続けているという状態に陥りやすいのだ。

体の焦げを増やさない台所の工夫

糖化を防ぐといっても、むずかしいことはない。焦げを作らない、増やさない、その二つだけ。

  • 調理法に時々目を向ける。同じ食材でも、生(刺身、サラダ)、煮る・蒸す、焼く、揚げる、の順に焼き目は増えていく。毎日でなくていい。「昨日は揚げ物だったから、今日は蒸し物にするか」くらいのゆるさで十分。
  • こんがりの一歩手前で止める。きつね色はうまさの合図であると同時に色づきの合図でもある。トーストも肉もほんの少し手前で引き上げる癖をつけると、それだけでずいぶんちがう。
  • 血糖値を急に上げない。内側の色づきのもとは摂りすぎた糖だ。糖質制限の記事に書いた工夫(ご飯に大麦を混ぜる、野菜から先に食べる、甘い飲み物を置かない)が、そのままこちらにも効いてくる。
  • ひと月だけ記録をつけてみる。食べたものとその日の調子を手帳に。見えなかったものがうっすら見えてくる。合う合わないは、他人の話より自分の記録が教えてくれる。

糖質制限で若返った気がした

僕自身の話をすると、糖質をしっかり減らしていた時期、確かに肌が若返っていた。始めて数日でハリとうるおいが戻ってきた気がしたし、吹き出物も減った。あるとき十歳下の保育園のパパ友に年を明かしたら、「え、同い年くらいかと思ってました」と驚かれたことがある。内心、悪い気はしなかった。

もっとも当時は運動も毎日しっかりしていたし、食事全般に気を遣ってもいた。だから糖質を控えたおかげかどうかは正直わからない。単に機嫌よく暮らしていたからかもしれない。

ひとつだけ確かなのは、あの頃の僕は自分が何を食べているかを完全に把握していたということだ。だから選べた。

糖化は目に見えない。だから油断する。今日フライドポテトを食べたところで明日いきなり老け込むわけではない。体の奥で、色が少しずつ濃くなっていくだけだ。痛くもかゆくもない。見えないから大丈夫な気がしてしまう。糖質制限の記事に書いた、片足を失ってなお、棚におにぎりやサンドイッチを隠していたあの人のことも、見えないうちは他人事なのだ。

怯えて暮らせと言いたいのではない。体に一点の焼き目もつけまいと神経を尖らせ、一口ごとにびくつくような食卓は気が滅入る。心がこわばれば食事はやせ細る。

僕が言いたいのは、時々は自分の食べているものを観察してみようということなのだ。ひと月でいいから手帳に記録をつけてみる。それだけで見えなかったものがうっすらと像を結んでくる。

見えるようになれば、あとは体のほうが勝手に選び始める。無理に我慢しなくとも不思議とそうなる。人間の体は思っているよりずっと賢い。

今日はよく晴れた。こういう日は揚げ物より焼き魚がいい。体がそう言っている。