踏まないでください、と書かれていた。——葛という植物の、数奇な話

葛

大阪みやげをいただいた。

葛餅である。

正直、あまり期待していなかった。葛餅にはこれまで特別な感情を持ったことがない。弾力があり、きな粉と黒蜜をかけて食べる和菓子。嫌いではないが、自発的に食べたいとは思わない。そういう微妙な場所に長年いた食べ物だ。

ところが口に入れた瞬間、あれ? と思った。もちっとしているのに、すっとほどける。知っている葛餅とは食感というか存在感がちがう。隣の娘がぼそっと言った。

「これ、前に食べたのちがうね。見た目もわらび餅みたいに透明だし」

妻がそれを聞いて「え、そんなにちがう?」と言いながら半分食べ、そのあと黙って残りも全部平らげた。

……やることがなくなってしまったので、箱を裏返して原材料を見た。「吉野本葛」とあった。

それが僕と葛の、二度目の出会いだった。

筑波山の葛

筑波山は、ホームグラウンドみたいな山だ。もう二十回は登っている。東西南北の全ルートやコースタイム、どこで息が上がるか、頂上にある飲食店のメニューまで把握している。四十過ぎで人生初の花粉症を発症するきっかけとなった山でもあるのだが、それでも愛着がある。

その筑波山を歩いていたとき、頂上付近で変わったものを見た。柵と扉があり、その先には茫々とつる性の植物が生い茂っていた。葛が自生しているから、立ち入らないでくださいと書いてある。

驚いた。葛などただの雑草だと思っていたからだ。

そのあと山を少し下りたあたりにあるキャンプ場へ行ったら、そこにも同じような立て札があった。葛が生えています、踏まないでくださいと。僕はそのときたぶん、ロバのような魯鈍な目を丸くしていたことだろう。まさか雑草を踏まないよう、そろそろと足元に注意を払って歩く日がこようとは露にも思わなかったからだ。

植物をあれほど大切に扱う筑波山のやさしさには感心するが、それなら願わくば花粉にもああして注意書きをしておいてほしいとティッシュを片手に思わずにはいられない。

葛は雑草

葛は、秋の七草のひとつだ。はぎすすき桔梗ききょう撫子なでしこ女郎花おみなえし藤袴ふじばかま——そして葛。万葉集にも名前が登場する、日本人とは長いつきあいの植物である。

ただ長いつきあいとはいっても、かつて葛は愛でられるよりむしろ、厄介者としての印象のほうがずっと強かった。つるが伸びて農地に侵入し、放っておくとどこまでも広がっていく。繁殖力が旺盛で、農家を悩ませる雑草のひとつだったのだ。

アメリカの葛を見るとそのことがよくわかる。

十九世紀後半、アメリカは葛を観賞用、飼料用の植物として輸入した。ところが気候が合いすぎた。その後、政府が土壌侵食対策として大量植栽を推進したことで爆発的に繁殖。電柱を飲み込み、建物を覆い、在来の樹木を窒息させた。森を丸ごと葛色に染めていったのだ。

現在でもアメリカ南部では「The Vine That Ate the South」(南部を食ったつる)と呼ばれており、駆除のために莫大なコストがかかり続けている。

葛という植物はもともとそれほど逞しく、生命力にあふれた植物なのである。それが我が国では、柵の中で大切に保護されている。

葛の根の力

葛の本体は、地下にある。つるや葉が地上に手を広げながら、地下では根が年々太くなっていく。長い年月をかけてでんぷんを蓄えるのだ。大きなものは数十キロに達することもあるという。

その根から取り出したでんぷんが、本葛粉だ。

奈良時代にはすでに葛粉を使った料理が存在していたようだ。平安時代には薬として用いられ、江戸の人々は葛を台所と薬箱の両方に置いていた。葛湯は、風邪のひきはじめや疲れたときにはよく飲まれていたし、僕らが風邪をひいたときに世話になる葛根湯の主成分も葛だ。背筋がぞくぞくするときに僕も飲む。体が芯からぽかぽか温まり、よく汗をかける気がするからだ。

葛は千年以上、日本人の食と体を支えてきたのである。

職人の手が、静かに消えていく

本葛粉——混ぜ物のない葛粉は現在、非常に高価で入手も困難だ。もちろん葛が絶滅の危機にあるからではない。葛掘り職人の掘り子が激減したからだ。

冬の山に入る。葛の根を探しあて、クワなどで深く掘り起こす。持ち帰って何度も水にさらし、でんぷんを沈殿させて乾燥させていく。これを繰り返して、ようやく白い葛粉はできあがる。

根一本から取れる葛粉は、ごくわずかだ。奈良の吉野は本葛粉の産地として長く知られてきたが、そこでもこの手仕事を続けられる職人は、数えるほどになっているという。手間がかかるうえ、片栗粉や馬鈴薯のでんぷんで代用もきく。それならと思うのは自然の流れだろう。

こうして職人の仕事は消えていく。葛はいまも山にたくさんあるけれど、食卓に届けるための技術が、静かに失われようとしている。

筑波山の柵の向こうの葛を思う。同じようなことが、日本の伝統文化のそこここで起きている。

本物を知ることも、受け継ぐということ

大阪みやげを(ほとんど妻が)食べたあと、葛餅について少し調べてみた。僕が過去に何度か食べていた葛餅は、実は葛粉でできたものではなく、小麦グルテンを乳酸発酵させたものだったらしい。

関東で葛餅というとそちらを指すようだ。もともと葛飾の地名から「葛餅」と命名されたものが、関西の吉野葛を使ったものと区別するために、やがて平仮名で「くず餅」と書かれたり、「久寿餅」という縁起の良い当て字で呼ばれるようになったらしい。

本物の葛粉を探してみた。値段を見て、そっと棚に戻したのは言うまでもない。それでも一度、本物を味わい見識を深めれば、誰かにそれを伝えることができる。「これ、吉野本葛を使ったものだよ」そう言える人間が、食卓に一人いる。それだけで何かが途切れず続いていくことだってあるだろう。

葛はいまも日本の山々に繁茂し、葛粉を作る技術も完全に途絶えたわけではない。知ろうとする人間がいる限り、細々とではあっても受け継がれていくだろう。