式神はオフレコで——やまとことばの老学者への夢のような取材

大和言葉の取材

締め切りが迫っていた。

やまとことばとは何か——。これが今回の原稿のテーマだ。

定義だけでいえば、大陸文化が伝来する前、この国で話されていた言語なのだが、これが一向に筆が進まない。

冷めたお茶を一口すする。画面の中でカーソルだけが、規則正しく点滅している。書いても書いても言葉が指のあいだからこぼれていく。

僕は取材で、京都の細い路地の奥に立っていた。

格子戸の町家が立ち並ぶ一角だった。

からっ風が古い木の甘い香りを運んでくる。ザザ、ザザッ。枯れ葉を掃き集める音が聞こえてくる。ちりん。しまい忘れた風鈴が一度だけ鳴った。

案内された奥座敷は、天井まで古い書物に埋もれ、部屋中が乾いた紙と墨のにおいで満ちていた。

取材の相手は、やまとことばの大家だ。この道六十年の老学者である。

「よう来た。まあ、座り」

少年のような目をした老人だった。茶を一口すすると、先生はいきなり本題に入った。右手を顔の高さに掲げて親指を折る。

「ええか。やまとことばはな、音そのものが意味を持っとる。たとえば『あ』。口を大きく開けるやろ。あれはく音や。夜がける、あさが来る、あかん坊が『ああ』と泣いて生まれてくる。世界の始まりは皆、『あ』から生まれるちゅうことやな」

先生は人差し指を折った。

「『い』は、いき。細く鋭く、いのちいとを通す音や」

中指。

「『う』は、うちからまれ、うみのように命をはぐくむ」

薬指。

「『え』は、えだのように分かれ、その分かれ道の先をえらびとる」

小指。指はぜんぶ畳まれた。

「『お』は、おおきく、おく深く、すべてをおおうて、そっとおさめる音や」

「ほほう」僕はうなずいてみせた。でも、頭が追いつかない。先生の話を半分も呑み込めていなかった。

僕の目の泳ぎっぷりに気がついたのか、先生はふふんと笑った。

「あいうえお、言うてみ。人が一人生まれて、生きて、深まって、終わっていく。母音の五つは、それだけでもう一生の物語や」

それを聞いてちょっと鳥肌が立った。ただの「あいうえお」にそんな深い意味があるとは、これまで聞いたこともなかった。

「もうひとつ、おもろい話がある。やまとことばはな、ほんまは『ら行』の音では始まらん。濁った音でも始まらんのや。ラーメンもランプも玄関のとこで正体がばれとる。あんた、よそのお人やな。音が先に白状しとるわけや」

先生はいたずらっぽく笑い、僕もつられて笑った。

先生がふっと声を低くした。

「ここからはオフレコやで。記事には書かんといておくれ」

その目が僕のレコーダーを見ていた。僕は慌てて停止ボタンを押した。

「やまとことばのいちばん奥にあるのは『言霊ことだま』や。ええか、大昔の日本語では、『こと』と『こと』は、おんなじ言葉やった。口に出した言葉はそのまま事になる。そやから昔の人は不吉なことは口にせんかった。めでたい言葉を大事に大事に唱えた。万葉集にこう書いてある。この国は『言霊のさきはふ国』——言葉の霊力がしあわせをもたらす国やと」

先生はすっと立ち上がった。

「万葉集のいちばん最初の歌はな、男が娘に名前を教えてくれと頼む歌や。なんでかわかるか。名を知ることは、相手を自分の手中に握ることやからや。名を聞くいうのは、それだけで求婚を意味しとった。言葉にはそれだけの力があったんや」

そのあたりの話は聞いたことがある。いつか書いたこともある。

「わしらの国は、言葉が現実を変えると本気で信じとった。そんな国は世界中どこ探してもあらへん。けったいな国や。そやけどわしは好きや」

先生は文机ふづくえから一枚の半紙を取った。

さらさらと何か書きつけている。なんと書いてあるのかわからなかったが、その字は震え、息をしているように見えた。

先生は半紙を人の形に折り、口元へ寄せて一言つぶやいた。ことを、吹きこんだのか。

その刹那、紙がすっくと立ち上がった。

一瞬の間のあと、びゅんと音を立てて宙を走る。そのまま廊下のほうへ飛んでいき、開いていた障子を閉めてからひらりと畳に落ちて、ただの紙きれに戻った。

僕はいま、いったい何を見ていたのか。自分の目を疑い、右目を手の甲でごしごしとこする。

「安倍晴明、知っとるやろ」

先生が言った。

「わし、晴明の直系でな」

言葉を失った。目の前の枯れた爺さんが、かの有名な陰陽師の末裔だというのか。

ことが、ことになる。やまとことばとは、つまるとこ、そういうことなんや」

そのときだった。

先生の声が遠ざかっていく。障子を抜けてくるやわらかい光がにじんでいく。

目を覚ますと、僕はデスクに突っ伏していた。口の端からよだれが一筋、それを手でぬぐう。画面のカーソルは、さっきから寸分たがわぬ場所で点滅している。夢を見ていたようだ。

締め切りまでもうあまり時間がない。僕はまた原稿に向かった。

すると妙なことにタイプする言葉のひとつひとつが、いつもより重たく感じられた。言葉を不用意に扱えば、本当に何かが起きる気がしたからだ。

僕らはたぶん、いまもまだ言霊の幸はふ国に住んでいる。ただ、その手触りを忘れてしまっているだけなのだろう。

ふと机の隅に目が留まる。

人形ひとがたに折られた白い紙がひとつ、ちょこんと立っていた。