米には捨てるところがない——酒粕という、滋養の塊

酒粕

冬の朝、冷蔵庫から出した酒粕は、指先にひやりと張りつく。ちぎるとほろっと崩れ、ほのかに甘い香りが立つ。我が家では冬の味噌汁に時々、酒粕を入れる。溶かす前に少し炙って香りを立たせてから。それだけで台所は冬の匂いになる。

酒粕の匂いを嗅ぐと、子どもの頃の冬を思い出す。母がよく粕汁を作ってくれた。鮭と大根と人参とこんにゃく。外では木枯らしが吹き、台所では石油ストーブの上の薬缶から細い蒸気が立ちのぼっていた。

かすという字は、米偏こめへんに白と書く。米を精白して白くするとかす・・になる。この一字に、昔の人たちの静かな皮肉が込められているように思うのは僕だけだろうか。

精白することで失われるもの、つまりぬかや胚芽、そこに含まれるビタミンとミネラル、食物繊維、有機酸——これらをひっくるめて粕と呼んだのだ。

酒粕もそうだ。日本酒を搾ったあとに残るかす。けれど実はこの粕のなかに、発酵の過程で生まれた栄養がぎゅっと凝縮されている。捨てるところなどひとつもない。昔の人はそのことを知っていたから、粕汁や粕漬け、甘酒にして、冬の食卓に並べてきたのだろう。

発酵が生み出す、新たな滋養

日本酒は、米と米麹と水だけで醸す。麹菌がでんぷんを糖に変え、今度は酵母が糖をアルコールに変える。長い発酵過程で、米そのものにはなかった滋養が生まれてくる。

アミノ酸、ビタミンB群、酵素、有機酸——。これらは搾った酒の中に溶け込んでいるが、もちろん搾りかすである酒粕にも同じように残っている。いや、濃縮されているぶん、栄養密度は高いともいえる。

なお、市販の酒粕を選ぶ際、僕は添加物の入っていないものにしている。とくに防腐剤は、腸内の善玉菌に影響を与えることがあるという。この点、純米酒から造られる無添加の酒粕だと安心だ。店売りのものはほとんど加熱処理されているが、それでも栄養は十分に残っている。

東北の酒粕入り味噌汁

僕が長年、台所の棚に置いて、何かあるとページを繰っているのが、東城百合子さんの『家庭でできる自然療法』という本だ。そこに酒粕と大根の葉を合わせた味噌汁というのがある。

大根の葉を陰干しして完全に乾かし、水で戻して湯がいたものを、酒粕や高野豆腐と一緒に味噌汁にする。東北地方で長らく受け継がれてきた冬の郷土食だそうだ。飲むと体が芯から温まる。

冷え性、無気力、虚弱——こんなタイプに冬の酒粕はとりわけ心強い。夏には夏、冬には冬の食材を体質に合わせていただく。そういう季節の知恵が、酒粕と大根の葉の味噌汁一杯に詰まっている。

我が家では、冷蔵庫に酒粕を常備している。粕汁もそれだけで冬の料理の幅がひとつ広がる。娘は粕汁があまり好きではないが、甘酒はよく飲む。小さい頃に飲ませたら顔が真っ赤になり、妻に叱られたことがある。思春期には母とも父ともよくぶつかったけれど、粕汁の匂いはなぜかその記憶をやわらげてくれる。酒粕は、家族の記憶にもいろんな形で入り込んでくる。

米には捨てるところなどない。そのことを、冬の酒粕は黙って教えてくれる。