ある年の冬、僕の足はいつも冷たかった。
靴下を重ねても、布団に入っても、足先だけが芯から冷えていて、一向に温まらない。眠りに落ちるまでのあいだ、その冷たさを持て余して何度も寝返りを打っていた。
食べるものでなんとかならないかと考えて、最初に手に取ったのが小豆だった。冷えに良いといつかどこかで小耳に挟んだことがあったからだ。
あんこじゃないよ
鍋で炒ってから、ことことと弱火で煮る。台所が小豆の香ばしい匂いで満たされる。
この匂いが曲者なのだ。妻と娘がそわそわした様子で、台所に集まってくる。二人ともあんこにはめっぽう目がない。二人の命を狙おうというのなら、大枚をはたいてゴルゴ13を雇う必要などない。豆大福か草餅、たい焼き——。このあたりに毒を盛って、玄関先に置いておけばいちころである。
「パパ、何を作ってるの?」
「小豆を煮てる」
娘の顔が、ぱっと明るくなった。
「あんこじゃないよ」
明るくなった顔が、一瞬でしぼんだ。妻は何も言わず居間へ引き上げた。
我が家の煮小豆は、砂糖を入れない。塩をひとつまみ、それだけで煮て、小さなタッパーに小分けにして冷凍しておく。それを毎日、思い出したときに少しずつ食べるのだ。
正直にいえば、特別おいしいものではない。ところが不思議なもので、続けるうちに「食べなければ」ではなく「食べたい」に変わっていった。
あくも捨てない。豆を煮るときは茹でこぼし(あく抜き)をするものだと教わってきたが、小豆のあくには外皮のサポニンが溶け出している。それを流すということは、皮の力ごと捨てるということだ。
もっとも、あくには渋みや雑味のもとも混じっているから、上品に仕上げたいならあく抜きをするのが正しい。味を取るか、力を取るか。僕は煮汁ごといただいている。
冬が終わる頃、寝返りの回数があきらかに減っていた。
熱の通り道を開く
ヨガや整体もやっていたし、食事もいろいろ見直していたから、小豆のおかげと言い切ることはできない。でも僕は、あの赤黒い粒に一票を投じたい。
ところが、だいぶあとになって薬膳の本を開いたとき、小豆は体を温める食材ではないと書いてあった。温めも冷やしもしない「平性」に分類されていたのだ。
それならあの冬に何が起きていたのか。
冷えている体は、寒いのではない。熱が体の末端まで届いていないのだ。体内に余分な水が溜まると、熱のめぐりが悪くなる。小豆はその滞りを流す。温めるのではなく、熱の通り道を開けるのである。
小豆に多いカリウムは、乾燥した状態で百グラムあたり千五百ミリグラム。豆の中でも指折りの量で、体に溜まった余分な水分を外へ出してくれる。外皮のサポニンも同じ働きをする。あくを捨てないというのはつまり、この力をそのまま受け取るということなのである。
古今東西の伝統医療も、小豆を同じように扱っている。
漢方や薬膳では、体内の水のめぐりを整え、余分なものを外へ出す食材として重んじられてきた。西洋の自然療法でも、むくみへの手当てとして古くから使われているし、マクロビでは腎臓を助け、腸を整える食材として重宝されている。
腎臓にそっくりの形
小豆をじっと見ていると、腎臓にそっくりの形をしていることがわかる。マクロビには、食べ物は似た形の臓器を助けるという考え方がある。小豆はその筆頭である。
科学の目で見れば、形が似ていることに意味などない。ただの愛嬌のある偶然だろう。それでも中国と日本と西洋が、それぞれの言葉で同じひとつの豆を指さしてきたという事実を偶然で片づけることはできない。現代の栄養学はあとからそこにカリウムやサポニンという名をつけたにすぎないと僕は思う。
煮小豆とあんこ
小豆を煮始めてからそろそろ一時間が経つ。いい頃合いだ。少し取り分けて、砂糖を混ぜた。トースターで切り餅を四つ焼く。居間でけらけら笑いながらテレビを観ている二人の前にまとめて置いた。
「はい。おすそわけ」
そのときの二人の喜びようといったらなかった。
娘はあっという間に平らげ、「おかわり」と声を上げる。妻は餅を喉に詰まらせ、「はああ。死ぬかと思った」と目を白黒させていた。彼女の暗殺にはライフルどころか、毒物すら必要ないらしい。
食養の物差しで言えば、あんこは煮小豆とは別の食べ物だ。いくら食べたところで足先は温まらないだろう。けれども歓声を上げてあんこを頬張る家族を見ていると、気持ちはぬくぬくとする。
冷凍庫には煮小豆のタッパーがふたつ並んでいる。塩だけのものと、砂糖をたっぷり混ぜたもの。
ちがう角度から、どちらも僕を温めてくれるのだ。

普通の豆とちがって、水戻しはしない。吸水させると胴切れ(皮が破裂すること)しやすくなるからだ。ゆでこぼしもしない。
- 洗う。ざるで洗って、よく水を切る。水に浮く粒は傷んでいることが多いので取り除く。
- 炒る。ここが肝心。フライパンで弱火から中火で五分ほど。香ばしい匂いが立って、色が少し濃くなったらいい。少し焦げた粒が混じるくらいのほうが、煮上がりのむらが少ない。
- 煮る。水は小豆の三倍強。二百グラムなら七百ミリリットルが目安。ふたをして弱火で。ふたをしないと煮汁がなくなって焦げる。
- 六十分ほどで完成。指でつまんで皮が破けるくらい。途中でかき混ぜると皮が破れるので、そっとしておく。
小豆二百グラムは、煮上がると五百グラムほど。冷蔵で二、三日、冷凍で一か月ほど保つ。解凍は自然解凍で。電子レンジを使いたくなる気持ちはわかるが、ここは待つ。
玄米と一緒に炊くと、小豆の色が移って赤飯のような炊き上がりになる。かぼちゃと煮合わせる小豆かぼちゃも定番で、これも甘くしない。かぼちゃの甘みで足りる。昆布を一切れ加えると出汁が染みてうまい。
なお、小豆のフィチン酸は鉄やカルシウムの吸収を妨げる。レバーなど鉄分の豊富な食材との組み合わせには、少し注意を。
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