娘が「行く」と言ったのは意外だった。
それまで何度テント泊に誘っても、「山の中で寝るのは怖い」「ママがいないと寂しい」「テレビが見られない」と、のらりくらりかわされてきたのだ。
転機は夏休みの自由研究だった。テーマを探してうんうん唸っている娘にこう持ちかけた。
「安全に山に登る方法を自分で調べてまとめてみたら? 調べるだけじゃなくて、本当に山に行く。気づいたことも失敗したこともぜんぶ書く。そしたら他の人の役に立つかもしれないよ」
少し間があって、娘は言った。
「……テントも、泊まる?」
「泊まったほうが、きっといいものになるね」
僕はできるだけ自然な声で答えた。かかった魚に驚かれないよう、竿はゆっくり上げるものである。
こうして夏休みの自由研究は「親子テント泊登山」に決まった。行き先は中央アルプスの木曽駒ヶ岳。初めての日本アルプス、初めての三千メートル級、初めてのテント泊——。三つの「初めて」が重なる旅だ。
はやま
この記事に書いていること
娘の過去の登山歴
山登りを始めたのは、娘が小学1年生のときだった。最初は本当にしんどそうで、汗まみれになりながら「もう無理」を連発していた。それでも高尾山、筑波山、陣馬山、鍋割山と少しずつ登り続けるうち、山頂からの景色と山ご飯という二つの報酬を覚えてしまったようで、次第に自分から「次どこ行く?」と聞いてくるようになった。




こうして日帰り登山を重ねてきた僕らにとって、テント泊は次のステップだった。日帰りでは行けない山へ。一晩、山の上に泊まる。それ自体、もうひとつの冒険なのだ。
出発前の準備:家での旅支度をしよう
テント泊登山でいちばん大切なのは、山に行く前の準備だ。「登山は山に入る前に8割が決まる」とよく言うが、これは本当である。
①テント泊登山に必要な基本装備
荷物はできるだけ軽くする。これが基本。テント泊では1泊分の寝具、食料、調理道具、さらにテントまで加わるため、荷物はどうしても重くなる。シュラフ(寝袋)、マット、クッカー(鍋)、ガスバーナーなど、すべて登山用の軽量なものを選ぶ必要がある。
おもな装備リストはこちら。
- テント(軽量モデル。2人用で2キロ以下が理想)
- シュラフ(寝袋。夏山でも夜は冷え込む。スリーシーズン用のダウン(羽毛)が良い)
- マット(厚み2センチのEVA素材のものを)
- バーナー+ガスカートリッジ(できればOD缶タイプの軽いもの)
- クッカー(軽量な山用鍋)
- ヘッドライト+予備電池(必須。夜は本当に真っ暗)
- 救急セット、エマージェンシーシート
- 地図+コンパス(スマホだけに頼らない)
- 熊鈴

ギターを持っていこうかな、山で弾いたら気持ちいいだろうねと言ったら、すごい剣幕で娘に却下されました。冗談だったのに。

ギターはだめ! 山でそんな大きなものをかついでたら、他の人に迷惑がかかるでしょ。木に引っかかって危ないです。

②山登りの服装
「夏だから半袖でいい」は、山では通じない。高度が100メートル上がるごとに気温は約0.6度下がる。麓が30度でも、2000メートルでは18度、3000メートルなら12度前後。しかも山の天気は変わりやすく、突然の雨や風で体温が一気に奪われることもある。
登山の服装の基本は、重ね着(レイヤリング)である。
- ベースレイヤー|汗を素早く外に逃がす吸湿速乾素材(ポリエステルやナイロン)のものを。綿は汗で濡れると乾きにくく低体温の原因になるため不向きだ。
- ミドルレイヤー|フリースや薄手のダウンなど、保温用。休憩中や気温が下がったときに着用する。
- アウター|レインウェア兼用の防風防水ジャケット。必携。
足元は登山用トレッキングシューズ。足首をしっかりサポートするハイカットタイプが岩場では安心。

③山では何を食べる?
登山愛好家たちが「ヤマメシ」と呼ぶ山の食事は、軽さと手軽さが最優先。テント泊の場合、3食分の食料をすべて担いで登ることになるからだ。
おすすめはフリーズドライ。お湯を注ぐだけで食べられ、軽くてかさばらない。今回はこんな構成にした。
- 行動食|ナッツ、ドライフルーツ、ゼリー飲料、チョコレートなど。歩きながらでも食べられるもの。
- 夕食|ラーメン(乾麺)+ジンギスカン(肉類は初日に消費)
- 朝食|フリーズドライのご飯+フリーズドライの具入り味噌汁
- 非常食|羊羹、飴玉、塩など。いざというときのためにかならず携行する。
高度が高くなると気圧が下がるため、水の沸点が低くなる。麺類の茹で時間が少し長くなるなど、平地とは勝手がちがうのだが、それもまた山ご飯の醍醐味。



④どの山に登るか決める
初めてのテント泊登山でいちばん大切なのは、怪我などせず元気に帰ってくること。絶景や達成感はその次だ。
娘と話し合って、日本アルプスで子どもが安全に登れる山を選ぶための条件をこう決めた。
- 登山口から山頂までの標高差が小さい
- 登山道に危険な場所が少ない
- 人気が高く、道迷いリスクが低い
- 山小屋がいくつかある(緊急時に逃げ込める)
- 天気予報で晴れる予定
調べてみると、アクセスの良さや山小屋の充実ぶりから、初心者には北アルプス、次いで中央アルプス、南アルプスの順で間口が広いとされている。

今回は「山を登る時間がいちばん短い」という理由から、ロープウェイで標高2600メートルまで一気に上がれる中央アルプスの木曽駒ヶ岳に決めた。


⑤登山計画書を書く
地味に見えて、これがもっとも大切な準備かもしれない。
山でのおもな事故は「道迷い」「転倒」「滑落」の三つ。これらがきっかけになって命を奪うのが「低体温症」だ。
山では携帯電話がつながらないことも多く、何かあっても助けを呼べない状況に陥りがち。登山計画書(登山届)を事前に提出しておくことで、万が一のとき捜索の手がかりになる。
長野県では、指定された登山道を通る場合、条例で登山届の提出が義務づけられている。登山口のポストに投函するか、オンラインで提出する。今回は木曽駒ヶ岳のロープウェイの駅にポストがあったので、そこへ投函した。
計画書には次の内容を記入する。
- 登山者全員の氏名、生年月日、緊急連絡先
- 登山ルート(入山口、下山口)
- 登山予定日、下山予定日時
- 装備の概要
計画書を出す人は現状ではあまり多くないようだが、僕はかならず出している。事故が起きたときに早期発見につながるし、家族への思いやりでもあるからだ。

⑥リュックへの荷物の詰め方
装備と持ち物がそろったら、リュックサック(ザック)に詰める。ここにもコツがある。詰め方が悪いと重心がずれてバランスが崩れ、疲れやすくなり、転倒リスクも上がる。
基本は、重いものを背中側の中段に配置すること。重心が体に近くなり、安定して歩ける。反対に軽いものや使わないものは外側や底部へ。行動中によく取り出すものは上部や上蓋、外ポケットへ。

今回の荷物は二人分で合計20キロ超。僕のザックが15キロ、娘のザックが5.5キロだった。ザック重量の目安は、体重の10~15%とよくいう。ただし、あくまで理想値。今回のようなテント泊の場合はまず実現不可能だ。

準備が整った。次の記事では、いよいよ木曽駒ヶ岳へ。乞うご期待。
- ヒルは父を選ぶ——塩のよく効いた鍋割山で食べる鍋焼きうどん
- 猿に囲まれ、熊に肝を冷やし、日が暮れた——陣馬山親子登山
- 五丈岩にはミイラが眠っている——金峰山、父と娘の百名山記録
- 前夜は飲みすぎました——9月末、紅葉の涸沢カールへ家族で歩いた話
- 居間にキャンプ場ができた日――ある雨天中止の記録
- かんながらの道——日本人のルーツをたどりながら山岳信仰と狼の地、御岳山を歩く
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。


