猿に囲まれ、熊に肝を冷やし、日が暮れた——陣馬山親子登山

ホオノキの落ち葉の仮面をつけた父と娘

「陣馬山じんばさん、来週末に登りに行こうか」

娘に話を持ちかけたら、いきなり標高を聞かれた。

「学校で来週、体力テストがあるんだよね。あんまり高い山はつかれちゃって記録にひびくからなあ……」

小学二年生がすでに逆算して生きていることに少し驚きながら、「八五五メートルだから大丈夫だよ」と僕は答えた。

筑波山より低いとわかって娘はあっさり了承し、「ママも誘おう」と言った。

こうして、葉山家の秋の親子登山が始まった。

ホオノキの怪物、山道に現わる

このとき僕にはひとつ黙っていたことがある。陣馬山の前に、もうひとつ別の山に登る計画を立てていた。言えば確実に反対されるから、折を見て話すことにしたのだ。

その山は鷹取山たかとりやまという。陣馬山だけだとあっという間に終わってしまって物足りなさを感じるかもしれない。でもこの寄り道があればそれなりに歯ごたえのある山行になるはずだ。そのぶん帰り道の夕飯もうまくなる。

行きの車の中で告白すると、娘は軽く不平を漏らしたが、いつまでもへそを曲げる子ではない。山道に入ると黙々と歩き始めた。その顔がどこか大人びていて、なにやら物思いにふけっているようにも見えた。小学二年の頃の僕は毎日何も考えていなかったから、女の子はこの年でこういう顔をするのか、とぼんやり思った。

そんな娘のすぐ後ろから、こっそりにじり寄った。手には道すがら拾ったホオノキの大きな落ち葉。顔に当てると、ちょうどお面のようになる。目と口の位置に穴を開けて、娘の背後から「がおおお」と大声で叫んでやった。

腰を抜かしそうになっていた。ふふふ。我ながらクリエイティブな脅かし方であった。そのあとすぐ「貸して貸して」とお面は没収されたが。やはり子どもである。

鷹取山の山頂には釣り鐘とハンマーがぶら下がっていた。三人でひとつずつ打ち鳴らす。カーンと甲高い音が鳴る。木々の向こうに、これから向かう陣馬山が見えていた。

ホオノキの怪物
ホオノキの怪物
ホオノキの怪物の子
ホオノキの怪物の子

猿の群れに囲まれる

鷹取山を下りて、陣馬山の登山口へ向かう途中のことだった。小道の脇にある民家の屋根に猿がいた。

「この家で飼ってるのかな?」と娘が聞いてきたので、「いや、この家に住んでるんだよ。陣馬山の猿は人語を解すというから」と答えると、「え! 言葉が話せるの?」と目を丸くした。「人語を解す」を解した小学二年生にこちらが驚いた。

登山道に入ると、なんとなく何かの気配と視線を感じた。目を凝らすと木々の奥からこちらを見つめているものがいた。気がつけば、十数頭の猿に囲まれていた。

若猿2匹
気がつくと群れのど真ん中に

雄猿が二頭、ガンを飛ばしてくる。ひときわ大きな猿が視線をこちらにロックしたまま、余裕の表情でのっしりと移動していく。娘も妻も怯えた顔をする。無理もない。正直、僕も怖かった。関西に住んでいた頃、猿が多いことで知られる大阪の箕面みのおで、人間から食べ物を強奪する猿の凶暴さを知っていたからだ。

そのとき、視線の先に茶色い大きな影が見えて、僕はのけぞった。

く、熊!

切り株だった。動揺しているとき、人間の脳はこういう錯覚を作る。心理学でいうパレイドリアである。月の中に兎が見えるのも同じ現象だ。幽霊の正体見たり枯尾花、という古い句を思い出して、一人で恥ずかしくなった。

熊のような切り株
切り株っぽい熊(笑)

冷静になって周囲を見渡すと、母猿が赤ん坊に乳をやっていた。三人で見ていたら、母猿が僕らの視線に気づいて静かに立ち去った。授乳を凝視するのはマナー違反だった。すまないことをした。

猿の母親と赤ん坊
お猿の親子

猿の群れを抜けてしばらく行くと明るい場所に出た。娘も妻もほっとした表情を浮かべている。

陣馬山頂、360度の眺望

ここからは一ノ尾根のなだらかな道が続く。十一月末は錦織りなす紅葉の季節。カエデが赤や黄や橙に色づき、山道には赤い絨毯が敷きつめられていた。一歩踏み出すたびにサクサク音が鳴る。

紅葉の登山道
紅葉の登山道

陣馬山の山頂は「かながわの景勝五十選」に選ばれている。視界は三百六十度開けており、北に奥多摩の山々、南に丹沢、東には八王子の先に東京の街並み、西に富士山とまさしく大観である。

山頂から

茶屋が三軒あり、食事も楽しめる。清水茶屋に入り、僕は山菜蕎麦となめこ汁を頼んだ。うまい。鷹取山のぶん、よけいにうまい。娘が隣で喉を鳴らしてラムネを飲んでいる。妻はぜんざいを飲むように食べている。疲れた体にじんわり染みとおる昼食であった。

遅い昼食

食べ終わると、午後二時をだいぶ回っていた。陣馬山のシンボル、白馬像の前で通りすがりの登山者に写真を撮ってもらう。そのあと山頂をゆっくりと散策して午後四時頃に下山を開始した。

コンパスが狂い、初めての道迷い

山で迷ったのは初めてだった。地図もコンパスも持っていたし下山ルートの下調べも万全だった。ところが肝心のコンパスが狂っていたのだ。腕時計に内蔵されているタイプで、あとで調べたら方角が狂うことはよくあるという。

えらいことになったぞ。娘の手前、平静を装っていたが、内心は軽いパニック状態だった。自分たちが地図のどこにいてどっちを向いているか確信が持てなくなったので、道すがら林道沿いにぽつんと建っている民家の呼び鈴を押して道を尋ねた。

それからとっぷり日の暮れた杉木立の中をなんとか駐車場まで戻ってきた。これまででいちばん長い溜息が出た。帰宅後、昔ながらのアナログコンパスを買ったのは言うまでもない。

あの山、どうだった?

猿の群れに囲まれ、切り株に肝を冷やし、コンパスが狂って日が暮れた一日であった。もっとも計画通りに進むことばかりが山歩きではない。ハプニングの数だけ、むしろ記憶に残るものである。

娘に、あの山どうだった? と聞くと、きっと猿の話をするだろう。ホオノキのお面で脅かされた話も、するかもしれない。

日が暮れた杉木立は、たぶん僕だけの記憶だ。熊のことも二人には話していない。墓場まで持っていくつもりである。