——金峰山 戻ってこいよと 吾をよぶ
登山靴を忘れ、目の前にそびえる高嶺を指をくわえて眺めながらこの句を詠んだ男が帰ってきた。
梅雨のさなかの七月。大弛峠の駐車場に着くと、すでに肌寒かった。東京はあれほど蒸していたのに、標高二三六〇メートルではフリースをはおらないと体がかたかた震えてしまう。妻と娘は薄手のダウンを着込んでいる。
金峰山は奥秩父にある標高二五九九メートルの山で、日本百名山のひとつである。大弛峠は車で入れる峠としては日本最高所。ここから山頂までの標高差は二四〇メートルほどしかない。
子どもと登るには好条件の百名山だ。今回は忘れ物もない。廻り目平では「わたしは登らない」と宣言していた妻もなぜか隊列に加わっている。

亜高山帯の森林
登山道に入ると、コメツガやシラビソの針葉樹林が出迎えてくれた。高尾山や筑波山のような低い山とは空気がちがう。澄んで引き締まっている。呼吸するたびに肺が喜ぶ。
僕らはゆるい斜面をぺちゃくちゃとしゃべりながら歩き、途中にある朝日岳で小休憩を取ることにした。そこから見える金峰山のてっぺんを僕が指さすと、妻が顔色を変えた。
「あそこまで一時間半? うそ。絶対むり。むりむり」
距離的には、朝日岳は登山ルートの中間地点だった。ここから百メートルほど下り、それからまた登る。行動食を軽く口にして、僕らはふたたび歩き出した。



森林限界を越えて
しばらく行くとハイマツ帯に出た。森林限界を越えたのだ。視界が一気に開けた。右手には信州側の展望が広がっている。小川山の岩峰群、川上村のレタス畑、その向こうに続く山並み。前方には瑞牆山がそびえ、アルペンムードに胸が高鳴る。
ここからは巨岩がごろごろ転がる稜線を往く。以前、娘と岩場を歩いたときは同じような岩で足がすくんでいたが、今日は黙って乗り越えていく。自分よりずっと大きい岩の連続に一度だけべそをかいたが、それでも足取りはしっかりしていた。子どもの成長というのは、こういうときにふっと見えるものらしい。


五丈岩のミイラ
山頂に着いた。記念写真を撮って、少し西へ下る。金峰山のご神体である五丈岩が見えてくる。五丈——約十五メートルの花崗岩が天に向かって積み重なっている。圧倒的な存在感である。五丈岩の前で立ちすくむ娘の隣に立ち、僕は言った。
「この岩は昔の人が積み上げたんだ。クレーンを使わずどうやってこんなことができたのか、現代の科学でもわかってない。ストーンヘンジやモアイ像と同じで、歴史のミステリーなんだ。そうそう、五丈岩の中にはミイラが安置されてるから失礼のないようにね」
娘の顔がさっと青ざめた。むろん、でたらめである。

一汁一菜の昼食
五丈岩の下でランチを広げた。前の晩に作っておいた鶏の唐揚げの南蛮漬けと、昆布と煮干しを入れて熱湯を注いだだけの簡素な味噌汁。山の上の一汁一菜である。
南蛮漬けはさっぱりとしていて、疲れていても箸が進む。にんにくと生姜と鷹の爪が食中毒を防いでくれるから、夏の弁当に向いている。風が強い。体が冷えてきたので、熱い味噌汁がありがたかった。
三人で奪い合うように南蛮漬けをがつがつと頬張っていると、何やら奇妙なものが視界をうろうろし始めた。白と黒。パンダのようだが、パンダは森林限界には来ない。笹がない。

森林限界のパンダ
よく見ると、ストームトルーパーだった。
娘が駆けだしていく。僕は食後のコーヒーのための湯を沸かす。妻は手鏡を取り出し、汗で流れた眉を描き直す。蒸らした粉に湯を注いでいると、隣で妻が「あれ?」「なんで?」とつぶやくのが聞こえてきた。横目で見ると、かじかんだ手で描いたせいだろう、いつもよりずいぶんと太くて長い。まるで我修院達也だ。吹き出しそうになったが、ドリップに全神経を傾けることでかろうじて耐えた。
山頂でのコーヒーはいつ飲んでも格別だ。とくに今日のような寒い日は、家で飲むコーヒーの数倍はうまい。
香りをゆっくり堪能していると、娘が戻ってきて言った。
「ママ、眉毛、変」
さすがにこらえきれなかった。ぶっと吹き出してしまった。怒気をはらむ妻の視線が頬に突き刺さるのを感じながら、しばらく笑いが止まらなかった。
娘の話では、ストームトルーパーはカメラを向けると敬礼で応じてくれたそうだ。

そぼ降る雨のなかを下山
やがて、ぽつぽつと雨が降り出した。急いで撤収し、下山することにした。雨が森の香りを立ちのぼらせ、鼻孔をやさしくくすぐってくる。木の葉に当たる雨音が心地いい。天候が崩れても、山では崩れたなりの楽しみがある。
下山の途中、野生の鹿に遭遇した。僕らの目の前を悠々と横切っていくその筋肉のなめらかな動きが凛々しく美しい。鹿が木々の向こうに姿を消すまで、僕らは黙って見惚れていた。
大弛峠に戻ると午後四時を回っていた。計八時間の山行だった。


三河産の鰻に舌鼓
帰りは青梅街道をのんびり走り、山城屋という老舗に寄って鰻を頼んだ。三河産の鰻重が破格値で味わえる。身はふわふわ。最後にさっと焼きを入れてあるらしく、炭の香ばしさが立っている。疲れた体に鰻は沁みる。
戻ってこいと呼ばれた山に今日、こうして戻った。心残りはもうない。いや、ひとつあった。
標高二五九九メートルの山頂で、帝国軍の兵士はいったい何をしていたのか。いまもって謎である。

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