「豚みたいにブーブーいいながら弾いてた」——娘に言われた夜、僕はガンコ親父になった

カレーを吹く父親

娘が小学二年生のとき、こんなことがあった。

明け方までギターを弾いていた夜——。その日の夕食どき、カレーを頬張っていたら、娘が唐突に言った。

「朝、ギター弾いてたよね。うるさかった。豚みたいにブーブーいいながら弾いてたんだ。ブーブー、ブーブー」

血が泡立った。怒りが抑えきれなかった。

こんなことをわが子に言わせてはいけない。

その瞬間、僕はガンコ親父になろうと決めた。

「友だち親子」という姑息さ

子どもができると、「少年の心を取り戻したい」という気持ちになる父親がいる。

子どもと友だちのように接し、いっしょにふざけて、「俺ってまだ若いな」と感じたい。そういう父親が「友だち親子」になっていく。

気持ちはわかる。でも、そこにはある種の姑息さがあると思う。

「子ども」のいいところと「大人」のいいところだけを取ろうとしている。厳正な大人にも、無邪気な子どもにもなりきれないから、その中間という曖昧な立ち位置に居座ろうとする。

親になったら、どちらかに振り切るしかない。子どもになりきるか、ガンコ親父になりきるか。

僕は後者を選んだ。

豚みたいにブーブー言いながらギターを弾いていた日に——。

父母それぞれ「やりたいことだけやる」育児

もうひとつ、育児について思うことがある。

両親そろって育てるべき、という考え方があるが、僕はそれより「やりたいことだけやる」育児の方がうまくいくと思う。

食パンの耳が好きな人もいれば、耳を切り落とす人もいる。ポテチの湿気たのが好きな人もいれば、パリパリ命の人もいる。カレーは、ごはん混ぜる派と、混ぜない派がいる。唐揚げにレモンを……ゴホン。

つまりやりたいこと向いていることは人それぞれ。子どもに食事を食べさせるのは苦手だが、お風呂に入れるのは好き——。それなら、役割分担すればいい。

好きなことをやっている親の姿は、子どもにも伝わるものだ。

「いい親」を演じる必要などない。ほんとうの自分でいるほうが、ずっといいということもある。

僕はきょうからガンコ親父だ。


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