家族が寝静まったあと、僕はいつものように台所に立つ。
洗い物をして、湯を沸かし、ときに一人で酒を飲む。手を動かしていると、ふいに昔観た映画がよみがえることがある。
物語の筋ではない。台所に現われるのは、その映画を観ていた頃の自分自身だ。
2001年宇宙の旅——わからないものは、わからないまま
『2001年宇宙の旅』を初めて観たとき、僕はまだ子どもだった。正直、ほとんど意味がわからなかった。猿が骨を振り回し、突然それが宇宙船に変わる。無機質な白い部屋、老いた男、黒い石板。「ツァラトゥストラはかく語りき」だけが、やけに大きな音で鳴っていた。
わからないまま、なぜかとても怖かった。世界のどこかに、自分の理解を超えたものがある——。その事実だけが、子どもの胸に残った。
大人になって観返しても、やっぱり全部はわからない。解説を読めば、解釈はいくらでも手に入る。けれど夜の台所で皿を洗いながら思い出すのは、物語の意味ではない。わからないものの前に立ち尽くしていた自分のほうだ。
子どもの頃に理解できなかったものを、大人になってもわからないまま抱えている。それは、世界に対して少しだけ謙虚でいるための、僕なりの支えになっているのかもしれない。
スワロウテイル——居場所のないまま、世界を愛する
『スワロウテイル』を観たのは深夜だった。録画だったか、レンタルビデオだったか、もう覚えていない。ただ、画面の向こうに広がる「円都(イェン・タウン)」の湿った空気だけは、いまでもはっきり思い出せる。
日本語でもない、英語でもない、よくわからない言葉が飛び交う街。誰もがどこかから流れ着いて、どこかに属しているようで、どこにも属していない。誰かと一緒にいるようで、ずっと一人。未来があるようでいて、どこにも見えない。あの街の湿度は、若い頃の僕の生活の湿度とよく似ていた。
当時の僕も、自分の居場所をうまく言葉にできなかった。会社も肩書きも所属もあったけれど、「ここが自分の場所だ」と胸を張れる感覚はどこを探してもなかった。周囲の人たちとの親密さが日々深まっていくのを感じるたび、自分がその居心地のいい場所に留まるつもりがないことがわかっていたから胸がチクチク痛んだ。自分がなんだかひどい裏切り者のような気がしていた。
円都の住人たちは肩を寄せ合い、笑い、泣き、前に進んでいた。居場所がなくても、人は生きていける——その事実が、当時の僕をひそかに支えていた気がする。
居場所のない世界を、居場所のないまま愛する。そういう映画だった。
地獄の黙示録——川を遡り、自分の闇に降りていく
十代の頃の僕にとって、『地獄の黙示録』は狂気そのものだった。ヘリコプターの爆音、炎、ワルキューレ。マーロン・ブランドの陰鬱な顔。ただただ「ヤバい映画だ」と思っていた。
年を重ねて思い返すと、川を遡るあの旅は、自分の中の暗い場所へ降りていく行為そのものに見えてくる。
深夜の台所で家族が寝静まったあと、蛇口から流れる水の音を聞いていると、自分の中の静かな闇に触れる瞬間がある。見ないふりをしてきた感情。蓋をしてきた記憶。触れた瞬間、堰を切ってどっとあふれ出して、自分を壊してしまいそうな何か。怒りでも悲しみでも絶望でもない。ただ「これが僕の影だ」と、いまはやっと受け入れられるようになった。
ラストでマーロン・ブランドが呟く「The horror……」の意味も、いまならわかる。本当に恐ろしいのは、外側にあるものでなく、自分の内側にある。けれども、その闇を抱えたままでも人は生きていける。いや、ときには世界を呪詛しながらでも生きていくことが、大人になるということなのかもしれない。
騒音のあとに残る沈黙のほうが、人を深く揺らすことがある。あの映画は、それを教えてくれた。
ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ——欠けたままでも、生きていい
『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』を観ながら、僕は音楽にしびれていた。派手なメイク、金髪のウィッグ、ステージで叫ぶように歌う姿。「なんだこの映画は」と笑いながらも、心の底から興奮していた。
物語の軸にあるのは、自分の体と心に刻まれた欠落、それを抱えて生きることの痛みだった。
深夜の台所で一人でグラスをすすいでいると、自分の中の欠落を意識する瞬間がある。うまくできなかったこと。守れなかったもの。取り返しのつかない選択——。
人生には、どうしても避けられない出来事がある。大学生の頃、同い年の従兄弟がみずから命を絶った。その数週間前、大学の構内で偶然に会っていた。僕はそのとき、なんとなく様子が変だと思いながらも、自分がどれほど充実した毎日を送っているかを夢中で話し続けていた。亡くなったと聞いたとき、体温が一気に数度ほど下がった気がした。僕の話をどこか陰のある笑顔で最後まで聞いてくれた従兄弟の顔を思い出すと、心がばらばらになりそうで必死で抱え込んだ。
毎日は続いていく。何があろうと、僕らは食事を作り、皿を洗い、翌朝にはまた目を覚ます。
欠けたままでも歌っていい。欠けたままでも生きていい。ヘドウィグは少し乱暴なやり方でそれを教えてくれた。完璧になってから生きる必要なんてない。そんなふうに考えたら、足の芯から丸太のように固まって身動きが取れなくなる。欠けたまま生きていけばいい。
そう思うと肩の力が抜けた。欠けたまま、とりあえず皿を洗っていればいいや、と。
AKIRA——壊れたのは、世界じゃなかった
若い頃の僕には、世界がねじれ、肉体が膨張し、都市が崩れ落ちるあの映像がすべてだった。『AKIRA』の破壊の連続は、強烈な刺激だった。「世界は簡単に壊れる」という感覚を、僕の中に深く刻みつけた。
あの崩壊は、自分の内側の壊れ方とどこか似ている。仕事で追い詰められたとき、家族とうまくいかなかったとき、自分の価値がわからなくなったとき——。世界が壊れたのではなく、壊れていたのは自分のほうだった。
いや、壊れたのでなく、壊したのだ。
壊れたあとにも何かが残る。残ったものが、たぶんその人間の核だ。『AKIRA』は破壊の映画ではなく、壊れたあとに残るものを描いた映画だった。そう気づいたのは、ずっとあとになってからだ。
壊れることは、終わりではない。始まりだ。
フラッシュダンス——夢を手放さないために踊る
『フラッシュダンス』を観たとき、ただ「かっこいい」と感じていた。飛び散る汗、ポップな音楽、切れのいいダンス。
若い頃、夢を見ることは簡単だった。けれど大人になって、生活の重さを知るほどに夢は遠くなっていった。仕事がある。責任がある。守るものがある。夢は、若い頃のように燃えあがるものではなく、静かに灯り続けるものに変わっていく。あの映画の主人公は、夢を叶えるためではなく、夢を手放さないために踊っていた。
夢を見ることは、若い頃より難しくなった。けれど、夢を見なくなることのほうが、僕にとってはよほど怖い。夢は叶えるためだけにあるのではなく、いまを生きるために必要な灯りなのだと、いまの僕は思う。
体を壊したとき、僕は夢を手放した。夢が勝手に離れていったのだ。それでも夢は形を変えて、僕の中にふたたびやってきた。
未来は、劇的な変化の先にあるのではない。皿を洗い、家族の声を聞き、静かな夜を過ごす。その積み重ねの延長線上に確かな手触りとともにある。
ロード・オブ・ザ・リング——重荷を、分け合える誰か
『ロード・オブ・ザ・リング』を、僕はフロドの冒険譚だと思っていた。いま思い返すと、あれは冒険ではなく、重荷を抱えて歩く人生そのものだ。
指輪は、誰の人生にもある重さなのだろう。手放したくても手放せないもの。逃げても追いかけてくるもの。誰にも代わってもらえないもの。若い頃は、重荷なんか背負わないほうがいいと思っていた。でもいまは、重荷があるからこそ人は誰かに支えられ、誰かを支えようとするのだと思えるようになった。
年を取ると、驚くほどに次々と重荷と呼べるような出来事が起きる。親のこと、親族のこと、子どものこと、お金や仕事のこと——。誰だってそうだろう。
僕の指輪はなんだろう。誰が僕のサムだったのだろう。フロドは一人では歩けなかった。指輪は重く、世界は果てしなく暗く、絶望はいつもすぐそばにあった。それでもサムが隣にいた。
人生は、一人では歩けない旅だ。ただ、隣に歩いてくれる誰かがいるだけで、足取りは少しだけ軽くなる。
映画を思い出すとき、僕らはいつも自分を思い出す
こうして並べてみると、深夜の台所で思い出す映画は、どれも観ていた頃の自分と結びついている。映画を思い出しているようでいて、本当は自分を思い出しているのだ。
深夜の台所は、過去と現在が静かに混ざり合う場所だ。映画の記憶は、そこでゆっくりと温め直される。
皿を洗いながら、時々、あの頃の自分に声をかけてみる。
——お前は、あの映画をどう観ていた?
——いまの僕は、あの頃より少しはましになっただろうか。
答えは返ってこない。水の音だけが、変わらずに聞こえている。
それでも蛇口を閉めて電気を消せば、僕は家族の眠る部屋へ帰っていく。今日も静かに一日が終わったのだ。
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