満腹という状態が、あまり得意でない。
いや、正確に言おう。満腹になるまで食べるのは大好きだ。得意でないのはそのあとなのだ。
お腹がぱんぱんに張って、体が重く、頭にもやがかかる。ソファに沈み込んで、しばらく使いものにならない。若い頃は気にもしなかったが、ある時期からわりに合わないと感じるようになった。ほんの数十分の満足のために、午後の始まりを質に入れている。
腹八分に医者いらずという言葉があるが、もう少し食べたいというところで箸を置くと、体は不思議と軽い。食後に眠くならない。頭もよく働く。八分の日と十二分の日の午後を比べると、その差は歴然としている。
この記事に書いていること
小食で寿命が延びる研究
なぜ、小食にすると調子がいいのか。
消化は、体にとって実はかなりの重労働なのだ。ひとたび食べ物が入ってくると、胃と腸が動き、肝臓と膵臓も総出で働く。食後にとろんと眠くなるのは、消化のために血がごっそり内臓へ回されるからだ。つまり満腹というのは、体が工場をフル稼働させている状態にほかならない。年がら年中、工場を回しっぱなしにすれば機械もいたむ。ときには火を落として休ませてやったほうがいい。小食とは、その工場にこまめな休憩を与えることなのだ。
興味深い話がある。
生きものというのは、食べる量を減らすと長生きするらしい。酵母のように小さなものから、線虫、ネズミにいたるまで、餌を控えめにした群れのほうが寿命が延びる。そういう研究がいくつもある。
人間でも一日おきに食を抜く食べ方をすると、体の調子を示す数値が上向いたという報告がある。飽食が体にいいという話は聞いたことがない。生きものの体は、ひもじいくらいのほうが機嫌がいいようにできているようだ。
よく考えてみれば、当然だろう。僕らの体はいつでも好きなだけ食べられる時代をほとんど経験してこなかった。人類の歴史の大半は、次にいつ食べられるかわからない、飢えと隣り合わせの日々だった。
体はその状態に合わせてチューニングされている。三度三度たらふく、しかも間食までつく、そんな現代の食べ方のほうが、むしろ体には想定外なのだ。
一日二食は体の味方
一日二食にしてみたことがある。慣れるとこれがなかなかいい。朝を抜くと午前中の頭がやけに冴える。胃に何もない時間が、体をすっきりさせるのが自分でもわかる。一日一食まで減らせば、もうこれはごく軽い断食のようなものだ。胃腸がたっぷり休んで、たまった掃除がはかどる。むろん無理にやる必要はないけれど、適度な空腹は体の敵ではなく、むしろ味方だと知っておいて損はないはずだ。
ただ白状すると、僕は満腹の手前で箸を置くのが大の苦手だ。
腹八分でやめましょう。言うだけならたやすい。だが、目の前にうまいものがあって、腹はまだ物足りないと騒いでいる。その状態で、意志の力だけで箸を置く——そんな芸当のできる人がどれだけいるだろうか。
食前のキャベツと、百回噛むこと
僕は意志で戦うのをやめた。搦め手でいくことにした。
まずキャベツ。食事の前に、千切りにしたキャベツと薄くスライスした玉ねぎを丼にあふれるほど山盛りにして先に食べておく。どうなるか。腹の容積が野菜であらかた埋まる。本命のおかずとご飯が来る頃には、胃はもうそこそこ満ちている。だから少ない量で満足できる。腹いっぱい食べてなお八分という仕組みだ。意志で欲望を抑えるのではない。欲望が暴れる前に外堀を埋めてしまう。
もうひとつの搦め手は、よく噛むことだ。
いささかやりすぎだとは思うのだが、多いときには一口で百回近く噛む。効き目は大きい。よく噛んでいると、脳が満腹だと感じ始める。満腹の感覚は、胃の張り具合だけでなく、食べ始めてからの時間にも左右されるからだ。反対に早食いをすると、脳が追いつく前に詰め込みすぎてしまう。ゆっくり噛めば、脳と胃の歩調がそろい、少ない量でも満ち足りる。おまけに消化もらくになる。工場の負担が、入り口の段階で軽くなるわけだ。
もっとも、この百回噛みには弱点がある。外で使えないのだ。人と会食していて、一口ごとに百回も黙々と噛んでいたら、会話は進まないし、相手が気味悪がるだろう。皆が食べ終えた頃、僕はまだ最初の一皿と格闘している。これはもっぱら家専用である。人前ではふつうに食べる。
と、ここまで書いてきて、妙にしんみりとした気分になってしまった。
キャベツで腹をふさぎ、百回噛んで脳をだます。腹八分というたった三文字を実践するためにこんな小細工を重ねていたのか。冷静に振り返ると、涙を誘う話である。
いじらしい、僕……。
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