ほうれん草を茹でながら、横で緑茶を淹れている。台所ではよくある光景です。
湯気が立ちのぼる鍋と、急須からこぼれるお茶の香り。どちらも「体にいいことをしている」という満足感がある。
……けれども、実はこの二つ、ちょっとだけケンカしています。
ほうれん草が「鉄分届けるぞ」とがんばっている横で、緑茶が「いや、それちょっと待って」と止めに入る——。そんな静かな攻防戦が台所で起きているのです。
(もちろん、どちらも悪気はない)
「鉄分が足りていません」といわれたとき、多くの人がほうれん草やレバーを食べ始めます。これは正しい。でも、その努力が体に届いているかというと、話はちょっと複雑。
問題は「量」よりも「吸収」にあるからです。
「血の鉄」と「土の鉄」
鉄分には二種類あります。
動物性食品に含まれる「ヘム鉄」と、植物性食品に含まれる「非ヘム鉄」。この二つ、見た目に区別はつきませんが、体への届き方がまったく違います。
ヘム鉄(赤身肉・レバー・あさり・しじみ)は体への吸収率が高く、非ヘム鉄(ほうれん草・小松菜・ひじき・豆腐)はそれに比べて低いとされてきました。
ほうれん草100gに含まれる鉄分はおよそ2mgですが、その多くは体に届く前に素通りしてしまいます。月経のある女性の一日の推奨量が10.5mgであることを考えると、ほうれん草だけで補おうとすることの難しさがわかります。
「毎日食べているのになぜか変わらない」——その理由は、量ではなく、ここにあることが多いのです。
はやま
食後の緑茶が、こっそり邪魔をしている
ここで冒頭の話に戻ります。
緑茶に含まれるタンニンは、鉄分と結びついて吸収されにくい複合体に変えてしまいます。コーヒーも紅茶も同じ。食事中や食後30分以内にこれらを飲むと、せっかく摂った鉄分の吸収が大幅に下がることがわかっています。
健康のために飲んでいるお茶が、鉄分という一点においては逆効果になっている可能性があるわけです。
はやま
ビタミンCは、鉄の「通訳」
非ヘム鉄には、心強い味方がいます。ビタミンCです。
非ヘム鉄はそのままだと「外国語」みたいなもので、体が「え、これどう扱うの?」と戸惑います。そこにビタミンCが来て、「大丈夫、わたしが通訳します」とすっと橋渡ししてくれる。組み合わせ次第で吸収率が数倍変わることもあります。
小松菜とパプリカを炒め合わせる。ひじきの煮物にブロッコリーを加える。ほうれん草のお浸しに少しのレモンを絞る。旬の食材を組み合わせることで、鉄分の吸収は自然と助けられています。
食卓の「組み合わせ」に少し意識を向けるだけで、同じ食材が体への届き方を変えます。
昔の台所が知っていたこと
昔の台所には、鉄鍋や鉄釜が当たり前のようにありました。
鉄製の調理器具を使うと、調理中に微量の鉄分が食材に溶け出します。意図してそうしていたわけではないでしょうが、毎日の料理を通じて自然に鉄を補う仕組みが、台所に組み込まれていたのです。
南部鉄器のフライパンや鉄瓶がいまなお支持されているのには、こういう背景もあります。ステンレスや樹脂加工が当たり前になった現代の台所には、その「自然な補給」がありません。道具が変わると、失われるものがある。
はやま
今夜からできること
食後のお茶やコーヒーは、30分だけ待つ。そのあいだに洗い物をしてもいいし、子どもに「今日どうだった?」と聞く時間にしてもいい。
ほうれん草のお浸しにレモンをひと絞り。小松菜とパプリカをさっと炒め合わせる。鉄分を含む食材にビタミンCを組み合わせるという、ほんの少しの工夫で、体の受け取り方が変わります。
あさりやしじみ、赤身の肉や卵黄など、吸収率の高い動物性の鉄分を意識的に食卓に加えるのもいい。
最後にもうひとつ。鉄分の吸収には胃酸が必要です。ストレスや早食いが続くと胃酸の分泌が落ち、鉄分を取り込む力そのものが弱まります。よく噛んでゆっくり食べることは、消化のためだけでなく、吸収という意味でも意味がある。
冷えや疲れは、食卓の小さな工夫から変わり始めることがあります。今夜の一皿を、少しだけ見直してみてください。
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。

