毎朝、スロージューサーのうなり声で一日が始まる——。
そんな時期が我が家にはあった。台所から低い振動音が聞こえ始めると、娘があくびをしながら起きてくる。搾りたてが飲みたいからだ。
実は僕は長いあいだ、この機械に片恋慕していた。
石臼のようなスクリューでゆっくりと素材をすりつぶす。高速の金属刃で粉砕するタイプと比べて栄養素が壊れにくいし、空気の混入による酸化も少ない。仕上がりは濃厚で、成分が分離しにくい。
カタログを眺めてはため息をつき、何度か妻に相談した。けれど返ってくるのはいつも同じ返事だった。
「もうあるじゃない。場所取るし二台はちょっとね」
あるにはあった。でも高速回転式だったのだ。朝から台所で小さな工事が始まるような音を立てる。細かい繊維が残ってしまう。スロージューサーのように、純粋にジュースだけを味わうことはできない。
この記事に書いていること
スロージューサーがやってきた
スロージューサーへの思いは募るばかり。そんなある日のことだった。妻が電源コードを焦がしたのである。
台所にビニールの焼けた臭いが漂い、ジューサーは沈黙した。妻はばつの悪そうな顔をして立っていたが、実のところ僕はつま先立ちで踊り出したい気分だった。
妻がおずおずと言った。
「……ごめん」
「いいよ。失敗は誰にだってある」僕は妻の手を取り、サンバを踊り始める。むろん心の中でだ。
「ほしがってたやつ、買っていいよ」
その瞬間、僕はパンと手を叩き、右手を高く掲げて妻をくるくる回していた。もろちん表向きは真顔でうなずくだけにしておいた。
にんじんりんごジュースの作り方
にんじんとりんごの、ちょっといい話
にんじんは、とくにビタミンとミネラルが豊富な野菜だ。注目したいのはベータカロテン。体内でビタミンAに変わり、強い抗酸化作用がある。緑黄色野菜の中でもトップクラスの含有量だ。
りんごはビタミン類に加え、さまざまなミネラルや酵素、有機酸をバランスよく含む。食物繊維のペクチンは腸内環境を整え、オリゴ糖は善玉菌のエサになる。
一日一個のりんごは医者を遠ざける、という英語のことわざは、伊達ではない。このふたつを合わせてジュースにすることで、朝の栄養補給として実に優秀な一杯が出来上がる。
材料とレシピ(一人分)
分量は、大きめのにんじん二本と、りんご一個。これでコップ一杯分。
作り方は次のとおりだ。
- にんじんは皮ごと洗って使う。ベータカロテンは皮の近くに多い。
- りんごは皮をむく。有機栽培のものならそのままで。
- スロージューサーで搾る。低速でじっくり搾るから、熱や摩擦で傷みにくく、味も濃くなる。高速回転式でも搾りたては十分においしい。
- 搾ったらレモン汁かりんご酢をほんの少し垂らす。にんじんの酵素がりんごのビタミンCを酸化させるのを酸が抑えてくれる。小さなひと手間で味も締まる。
- 仕上げに油を数滴。えごま油か亜麻仁油ならオメガ3も一緒に摂れる。オリーブオイルでもいい。カロテンは油と一緒だと吸収率がぐっと上がる。
市販のジュースとのちがい
できたてのジュースはさらっとしていて、とても爽やかだ。初めて飲んだとき思わず「わ」と声が漏れてしまった。
これまでのジューサーとのちがいに舌を巻いた。市販の濃縮還元ジュースとはまるで別物である。もっともあちらはビタミンも酵素もほとんど残っていない。フレッシュジュースとは比べるべくもないのだが。
娘の「わ」
それほど恋焦がれ、三顧の礼をもって我が家に迎え入れたスロージューサーではあったが、実はもう毎日は作っていない。
ジューサーを引っ張り出し、材料をカットする。名前に「スロー」とつくだけあって、搾るのにかなり時間を要する。飲み終えたら、分解して部品をひとつひとつブラシで洗っていく。朝のばたばたのなかで、これが意外と大変だったのだ。
だからいまは気が向いたときに、というペースになっている。あれが飲みたいと体がざわざわ騒ぎ出したときがそのサインだ。
今朝、ひさしぶりのうなり声を聞きつけ、娘が台所に飛んできた。絞りたてをコップに注いで差し出すと、にこりと微笑んで一口含んだ。舌の上で転がしている。それからごくんと飲み込んだ。
「わ」
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