二代目釈放係——娘に亀の捕まえ方を教えたら、返し方を教わった

亀を川に返す娘

我が家の前には川が流れている。玄関から河川敷まで徒歩一分だ。

その川で先日、亀を見つけた。石の上で甲羅干しをしている、手のひらサイズのクサガメだ。

「亀!」と隣で娘が叫んだ。叫んではいけない。亀捕りは沈黙が命なのだ。

僕は元亀捕り名人である。子どもの頃、家の近くのドブ川で鍛えた。甲羅干しに夢中の亀にそっと近づき、ひょいと持ち上げる。あの呼吸は自転車の乗り方と同じだ。体が忘れない。数十年ぶりに僕の中の少年が目を覚ました。

足音を殺して岸辺に降りる。風下から回り込む。影を水面に落とさない。ひょい。

「……パパ、すごい」

娘の声には尊敬の色があった。断言するが、授業参観でも運動会でもこの色は出たことがない。数十年前の川で踏んだ場数が、いまごろ配当を生んだのだ。人生、なにが資産になるかわからない。

亀はバケツに入り、我が家に一泊することになった。娘は図鑑を開き、名前の候補を三つまで絞った。餌は何がいいかと騒いでいる。僕は内心、飼育ケースの購入を検討し始めていた。石もいる。陸地もいる。よし、週末に買いに行こう——。

翌朝、娘が言った。

「今日、逃がしてあげようと思う」

早い。在監一晩だ。理由を聞くと、「だって、かわいそうだもん」と娘は亀を見た。夜のあいだにバケツの中でかさかさやっているのを聞いて決めたらしい。おうちに帰りたいんだよ、と。

僕はいちおう抵抗を試みた。ケースを買えば快適に飼えるぞ、餌もあるし、鳥にも襲われない。我ながら筋の通った提案だった。娘はしばらく考えていた。

「でも、亀さんの友だちは川にいるでしょ」

友だち。その発想はなかった。亀の交友関係については、こちらに反証の材料がない。捕獲係、敗訴である。

捕まえた生きものが翌日いなくなるというこの展開にも僕は覚えがあった。

子どもの頃、僕が捕まえてきた亀はことごとく消えた。一匹残らずだ。当時は亀の脱獄術に戦慄したものだが、真相は数十年後に判明した。犯人は母だった。僕が学校へ行っているあいだにこっそり川へ返していたのだ。

つまり、我が家には代々、釈放係がいるのだ。

祖母から孫娘へ。捕獲の才は祖父から僕に伝わり、釈放の魂は母から娘に宿った。どっちも隔世遺伝である。僕は上と下の代から、捕まえた亀を逃がされ続けている男ということになる。前世でよほど亀に恨まれることをしたのだろうか。

ただし、初代と二代目では流儀がちがう。

初代の母は隠密だった。息子の留守を狙い、証拠を残さず、脱走という物語だけを置いていった。犯行が明るみに出たのは数十年後のことだ。完全犯罪と呼んでいい。

二代目の娘は白昼堂々である。翌朝いちばんに釈放を予告し、僕に立ち会いまで求めてきた。

「パパも来て」

犯行現場に被害者を招待する釈放係がどこにいる。

かくして僕は、バケツを提げて娘と河川敷に降りた。

捕まえた場所の近くの、流れのゆるいところを娘が選んだ。バケツを傾けると亀はしばらく固まっていたが、やがて思い出したように水を掻き、黒っぽい甲羅はすうっと沈んで見えなくなった。娘は水面に向かって手を振っていた。名前の候補は三つとも使われずに終わった。

その帰り道、僕は思った。

子どもの頃の僕は捕まえ方ばかり覚えて、返し方を知らなかった。捕まえて、眺めて、飽きる。その先は考えたこともなかった。だから返し方のほうは母が黙って引き受けてくれていた。あの川までの道を、母は何度も歩いたはずである。

その道をいま僕は娘と歩いている。

捕まえ方は僕が娘に教えた。風下から回れ、影を落とすな。返し方は娘が僕に教えた。ひと晩見たら川へ返す。名前をつける前に友だちのところへ。命との近づき方を教えたつもりが、離れ方を教わったのだ。

釈放の翌週、娘はまた川で亀を見つけて叫んだ。

「亀! 捕まえて!」

捕まえるのか。逃がすのに。

まあいい。捕まえて、間近で見て、川へ返す。うちの川の亀たちには申し訳ないが、二代目の任期中この方式は続くのだろう。我が家はどうやらどこへ越しても、亀を川へ返す家らしい。