八百転び八百一起き——インラインスケートの始め方と、転ぶ練習のすすめ

夕暮れの公園で父親と小さな娘が一緒に滑っている様子

尾てい骨を折った。

東京ドームに隣接するローラースケート場で、インラインスケートに初挑戦した夜のことだ。何度も転んだ。帰宅後に痛みがどんどんひどくなり、深夜に仕方なくタクシーを呼んで夜間診療へ駆け込んだら、左手首の重症捻挫と尾てい骨の骨折——。

尾てい骨というのは、治療法がないのだそうだ。ただ待つしかない。二週間ほど、立ったり座ったりするたびに悶絶した。その後、骨は左に曲がったまま固まった。

「あの年で滑れないのは理解できない」

「いまさら始めようというのもね」

転倒を繰り返す僕を見て、リンクサイドのおばさんたちが聞こえよがしにそう言っていた。ありがとう、おばさんたち、夜のスケート場でつば広の帽子をかぶったおばさんたちよ、あなた方がいなければ、僕がふたたびスケート場に立つことはなかっただろう。

振り返ると僕の人生、転倒の連続だ。七転び八起きどころか、八百転び八百一起きくらいである。それでも、まだ立っているならそれでいいや、と思っている。だからインラインスケートも懲りずに再挑戦することにした。いまは娘と一緒にすーいすいと滑っている。

事件現場。東京ドームローラースケートアリーナ
事件現場。東京ドームローラースケートアリーナ

子どもの恐怖心を取り除く方法

練習していて、気づいたことがある。

上達をいちばん妨げるのは、転ぶことへの恐怖心だということだ。誰でも痛いのはいやだ。それで腰が引ける。腰が引けると余計に転ぶ。転ぶからますます怖くなる。

この悪循環を断ち切るために僕がやったのは、転ぶ練習だった。プロテクターをしっかり装着して、わざと転ぶ。何度も転んでみる。五回、十回と繰り返すうちに、体が「転んでも大丈夫」と覚える。すると恐怖心が驚くほどあっさり消えるのである。

プロテクターというのは転ばないための道具ではない。思い切り転ぶための道具なのだ。ちなみに大人には尻パッドが不可欠だ。重心が高く、後ろへ倒れると尾てい骨に尋常でない衝撃を受ける。そのことは僕が身をもって証明している。

娘に教えるときも最初にこれをやった。僕が先にバタバタ転んで見せると娘は大笑いした。それから自分でも試した。転んでも痛くないとわかった子はもう怖がらない。あとは早かった。僕が五日かけて習得したことを、娘は二日でマスターした。子どもの体はすごい。そして悔しい。

インラインスケートは、全身でバランスを取り続ける運動だ。地面からの微妙なフィードバックを足首で受け取り、全身で応答する。画面の前では絶対に育たない感覚である。うまく転ぶというのも、実は深い身体知だ。力を逃がしてダメージを分散させる。言葉では教えられない。体で覚えるしかない。

転び方を知っている子は強い

転び方を覚えた子は、人生でも転び方を知っている。そんな気がする。上手に力を逃がして、ダメージを分散させて、また立ち上がる。やっぱり少し大げさだろうか。

ただ、失敗を恐れない子に育ってほしいと親はよく言う。それなら子どもが最初に見る「失敗して、また挑戦する見本」は親自身であるはずだ。転んで、痛くて、それでも立ち上がる。尾てい骨を折ってもあきらめない。その背中は言葉よりずっと雄弁なのではないか。そうであってほしい。

八百転び八百一起き。一度多く起きていればそれでいいではないか。

いまだ鈍痛の消えない尾てい骨をさすりながら、僕はそう思うことにしている。

 

失敗しない道具選び

ブーツはソフト一択

僕は最初、安いハードブーツを買って大失敗した。1週間で壊れたうえ、足首がまったく曲がらなくて上達の妨げになったのだ。上達のカギは足首の使い方にある。そのためには足首がしっかり曲がるブーツが必要。

最初からソフトブーツを選ぼう。ハイカットのスニーカーの足裏にウィールがついているようなタイプだ。軽くて、足にフィットして、足首がよく動く。値は張るが(1万円前後が目安)、ハードブーツで挫折するより断然いい。

娘に買ったソフトブーツ。プロテクターもセットになっていました
娘に買ったソフトブーツ
ソフトブーツ。
僕のソフトブーツ。履いてみると、その差歴然。ベルトを思い切り締めても痛くない

プロテクターは転ぶための道具

エルボーパッド、ニーパッド、リストガードの3点セットは必須。リストガードをしていれば、僕のような手首の捻挫は防げる。装着していれば転んでも痛くない。これを体が覚えると、恐怖心が消える。プロテクターは転ばないための道具ではなく、思い切り転ぶための道具なのだ。

実際に使っていたプロテクター一式。肘・膝・手首の3点セット
実際に使っていたプロテクター一式。ひじ、ひざ、手首の3点セット

大人にはヒッププロテクター(尻パッド)も強く勧めたい。大人は重心が高い。後ろへ転倒すると尾てい骨に尋常ではない衝撃を受ける。スノーボード用で十分だ。子どもは重心が低いので不要である。

ヘルメットは大人も子どももかならず着用しよう。

ヘルメット

効率良く上達するための練習法

まずは転び方を身につける

本文に書いた通り、転ぶ練習を最初に行なう。正しい転び方は、前方に両ひざをついて転ぶというもの。

  1. 両ひざをつく
  2. 手のひらを開いて地面につく
  3. 腹筋に力を入れてひじを地面につく

この順番で、ダメージを全身に分散させるのだ。プロテクター装着で5〜10回やれば、転倒への恐怖はほぼ消える。

ひざでなく足首を曲げる

「ひざを曲げなさい」とよく言われるが、実はそれだけでは不十分。足首を思い切り曲げることが大切だ。これがわかってから、ようやく重心が安定した。ひざと足首を両方ともぐっと曲げ、ブーツの前方に体重を預けるイメージ。腰が引けている状態(背筋が伸びた前傾姿勢)は、ほぼまちがいなく足首が曲がっていない。

歩く練習に20〜30分

滑る前にまず歩く。芝生や土の上で、基本姿勢をキープしながらV字(ガニ股)で歩く練習をする。最初の20〜30分間はひたすらこれをやる。退屈に思えるが、滑り始めてからの上達が格段に早くなる。

蹴り出しと重心移動

歩けるようになったら滑ってみる。ポイントは視線を進行方向のずっと先に向けること。片足を斜め後ろに蹴り出しながら、もう一方の足に重心を乗せること。怖くなったら、両手を両ひざに乗せると重心が安定する。

止まり方はまずヒールブレーキ

インラインスケートには片足(通常は右足)にブレーキがついている。右足を前に出してつま先を軽く持ち上げ、かかとで止まる感覚だ。傾斜のゆるい坂道で練習するとすぐ身につく。慣れてきたら、スキーのボーゲンと同じ「ハの字ストップ」も覚えると便利。

すばらしいスポーツ

尾てい骨が左に曲がったまま固まった僕が言っても説得力がないかもしれないが、インラインスケートは本当にいいスポーツだ。カロリー消費はジョギングと同等で、関節への負担は半分以下。しかも全身運動。家族みんなで楽しんでほしい。