キャラ弁、参戦!——初心者の父が作ったうさぎの末路

キャラ弁

「明日のお弁当、映えるやつがいいな」

夕飯の片づけをしていたら、娘がそう言った。映えるやつ。お出汁の染みた煮物を茶色いと言い、僕の誇る一汁三菜を地味と言い放つ、あの「映え」である。

翌日は遠足で、友だち同士でお弁当を見せ合うのだという。なるほど、それは一大事だ。娘の社交界に父の茶色い弁当を送り込むわけにはいかない。

「承知しました、お嬢さま」

僕はそう言いながら、『魔女の宅急便』のキキのようなお辞儀をしてみせた。片足を斜め後ろに引き、もう片方の足の膝を曲げて、スカートを指先でつまむあれである。言い忘れたが、僕は家の中ではいつもスカートをはいている。うそである。

娘は笑って答えた。「ありがと」

「おう。パパに任せておけ」

そんなわけで、初めてのキャラ弁作りに参戦することになった。

その夜、家族が寝静まってから、僕はスマホで「キャラ弁 初心者 簡単」と検索した。世のお母さんたちの作品が、画面いっぱいに並ぶ。海苔で描かれた繊細なまつ毛。チーズを型抜きした頬の丸み。カニカマの唇。どれも職人芸である。しかも投稿には「五分でできます」と添えてある。うそだ。こんなもの、五分でできてたまるか。

翌朝は四時半に起きた。めざすは、娘の好きなうさぎのキャラクターだ。白いご飯を丸めればいいのだから、初心者向きのはずだった。

はずだった、のだが——。

まず、ご飯が丸まらない。ラップで包んで握ると、うさぎというより隕石になる。耳を立てれば倒れ、倒れないように押しつければ、今度は顔がひしゃげる。海苔で目と眉を切り出す作業にいたっては、もはや外科手術だった。キッチンばさみでは太すぎて、妻の眉毛かと見まがうものが出来上がる。

爪楊枝の先で海苔をつつきながら、僕は思った。世のお母さんたちは全員、巨匠だと。

一時間半後。弁当箱の中にそれはいた。

耳は左右で長さがちがう。目は微妙に寄っている。頬のケチャップは片方だけずり落ちて、泣いているように見える。うさぎと呼ぶには勇気のいる、白い何かだった。

隣には保険として唐揚げときんぴらと卵焼きを詰めた。こちらはいつも通りの、安定の茶色である。長年連れ添った相棒が、今朝ほど頼もしく見えたことはない。

夕方、帰ってきた娘に恐るおそる感想を聞いた。

「あのさ、あれ、何?」

何、ときたか。

「うさぎだよ」と答えると、娘はしばらく黙って、それから吹き出した。

「みんなにウケた。お父さんが作ったって言ったら、いちばん盛り上がった」

そうか、ウケたか。狙った「映え」ではなく、笑いを取ってきたらしい。父の一時間半は、笑いに昇華した。

まんざらでもなかった。娘が弁当箱をシンクに出しながら、「また作っていいよ」と言ったのだ。

作っていいとは、上から目線もはなはだしい。でも悪い気はしなかった。

あの白い何かは、完成度だけ見ると巨匠たちのキャラ弁とは勝負にならなかった。だが、朝の四時半に起きて、爪楊枝で海苔をつついていた父の格闘の痕跡が、娘や友だちたちの笑いのツボを押したのだ。

次の遠足でも、たぶん僕は作るだろう。

うさぎはもう少し、うさぎに近づけたい。