火遊びの続き——ガスコンロの青い炎は、百万年の記憶につながっている

ソロキャンプ

キャンプ場に着いたら、まずテントを張り、焚き火の準備をする。

薪を組み、火をおこし、酒を一杯注いで、椅子に深く腰を下ろす。あとはただ炎を眺めている。薪がぜるパチパチという音を聞き、煙のにおいを嗅いでいる。何時間だってそうしていられる。

家族を連れて行くと、大きなテントを張って、三人分の食事を用意して、写真も撮ってあげてと、父は何かと忙しい。妻と娘はお客さまなのだ。

家族キャンプもたまにはいい。けれど基本は一人で行く。火と差し向かいになるために——。

焼き芋と野焼き

僕は昔から火が好きなのだ。

実家には畑と庭があり、秋になると刈りとった雑草や収穫後の野菜の残りを乾かして、庭でまとめて燃していた。いまの住宅地ではまず見られない光景だが、当時はごく当たり前の秋の風景だった。燃え盛る炎を見ながら、妙にテンションが上がっていた記憶がある。

そんなとき母が、さつまいもを新聞紙とアルミ箔でくるんで、焚き火に埋めてくれた。焚き火の焼き芋のおいしさは、オーブンとは比較にならない。

近所の田んぼも稲刈りのあとに焼いていた。煙が流れてきて、洗濯物ににおいがついたりしたが、いやな臭いだと思ったことは一度もない。

秘密基地の火事

ただ、火についてはひとつ苦い記憶がある。

例の草むらである。僕らの秘密基地のあったアシだかススキだかの群生地だ。家の近所に駄菓子を売るお好み焼き屋があって、その前を車の通らない道が横切っていた。その二十メートルほど先には川があり、そのあいだのさして広くはない原っぱ——そこに僕らは基地を作り、あろうことかその中で火遊びをした。

燃え移ったのだ。

一瞬で、ばっと火が立った。基地を作るために引っこ抜いて積み上げたアシがすっかり乾いていた。段ボールもあった。僕らは基地作りに励みながら、同時にせっせと燃料も用意していたのだ。

幸い、燃えたのは基地の周囲だけだった。地面から生えているアシは湿り気を帯びていて燃え広がらない。川の近くだから、地面も湿っていた。僕らの城だけがあっけなく燃え落ちた。

煙の臭いを嗅ぎつけて、すぐ近所に住む友だちの父親が飛んできた。エッチな本を見つける才能に恵まれたあいつの親である。かつて僕らの基地を叩き壊したあの人が、今度は消火と説教に駆けつけたのだ。

僕らはこっぴどく叱られ、そいつはげんこつを喰らっていた。いまでこそ笑い話だが、あのときは本当に肝が冷えた。

それでも火を嫌いにはならなかった。

原初の記憶

焚き火が、動画サイトで人気だという。炎がゆらゆらと揺れているだけの映像を、何時間も見ている人たちが世界中にいる。わかる。僕もその一人だから。

火を見ると、何か懐かしいような落ち着くような、不思議な気持ちにとらわれる。それは原初の記憶とでも呼ぶしかない気がしている。

人間が火を使い始めたのは、百万年以上前のことだという。

ホモ・エレクトゥス——現代人の遠い祖先が、初めて火を手に入れた。それからずっと人間は夜、火を囲んで過ごしてきた。火の前で食べ、語り、眠った。その記憶が、体のどこかに刻まれているとしたら——。火を見ると安らぐ感覚の正体はそういうものかもしれない。

かまどからIHへ

それから百万年以上が経ち、僕らの台所から火が消えようとしている。かまどで炊いた時代には、火を熾すことが料理の始まりだった。薪の具合、風の向き、炎の色で火加減を読んだ。

ご飯を炊くことは、火と向き合うことでもあった。囲炉裏は部屋の中心に火を置いた。七輪は食卓に火を持ち込んだ。家族が火を囲む構造が、生活の根幹を支えていたのだ。

ガスコンロになって、火は道具になった。つまみをひねれば出てくる、消費する火である。それでもまだ炎は見えていた。

IHになって火は消えた。安全で清潔で効率的である。でも台所から、炎のゆらめきは完全に姿を消した。

五感で食べる

キャンプの炭火は、肉でも野菜でも魚でも、とにかく何を焼いてもうまくなる。遠赤外線の効果だというけれど、それだけではない気がする。煙のにおいが体にまとわりつき、炎の揺れが食材を包み、その熱が顔をあぶる。五感ごと料理に参加している。

ガスコンロの青い火

我が家の台所はガスコンロだ。つまみをひねると、青く小さな火がぽっと立つ。

焚き火のオレンジ色の炎が獣を追いはらい、物語を紡いだ百万年前の記憶だとすれば、うちの台所の青い炎は、その火を飼い慣らしたなれの果てである。

色も温度もちがうけれど、祖先が感じたものと同じ安らぎが確かにここにもある。

鍋をかける前にほんの数秒、その青い火を眺めてみる。

この年になっても、僕はまだ火遊びの続きをしている。燃え広がることのない台所の火は、どこか物足りなくもあるのだが。