わが家のCD、数えたことがないが千枚近くあると思う。
ぼくの学生のころは今のようにネットもサブスクもなかった。音楽の情報を得るのはもっぱらFMラジオ。気に入った曲を繰り返し聴くにはCDを買うしかなかった。洋楽にのめりこみ、毎日むさぼるように聴いた。ギターの練習も始めた。
ビートルズもよく聴いた。アルバムは全部持っている。ジョンのソロも含めて。ストーンズは数枚買ったが、すぐに聴かなくなった。
だからストーンズがビートルズのライバルだという話を聞くと、背中がむずむずしたものだ。レコードのセールスだけ見ても、1966年時点でビートルズは1億5000万枚、ストーンズは1000万枚程度。同じ土俵に乗せること自体、無理がある。
でもそれより気になるのは、ジョン自身がミックのことをどう見ていたか、だった。
写経のようにタイプしていたら、憑依してきた
ある日、仕事で1971年の『ローリング・ストーン』誌に掲載されたジョンのインタビューを、ブツブツ声に出しながらタイプしていた。
ミックについて問われたジョンが、こんなことを言っていた。
彼は私たちを真似しているのです。(中略)ビートルズとストーンズでは、音楽的にも影響力の面でも、クラスがちがいます。おなじクラスだったことは一度もありません。私は、ストーンズのことを悪く言ったことは一度だってないのです。(中略)自分たちとくらべて、ビートルズはあまりにも大きすぎるので、ミックはそのことが気になってしかたがないんです。(中略)彼もいまではそれなりに歳をとってきて、ビートルズにあれこれ難癖をつけるようになってきていますよ。これからも悪口を言いつづけますよ。(中略)私にとっては腹の立つことですね。平和はおかねになった」とミックは言ってますけれど、僕たちは平和で金儲けはしてません。
ボロカスである。
写経のようにタイプしていたら、そのうちジョンの言葉と自分の言葉の境界線が薄れてきた。憑依のような感覚。そうして、ひとかたまりの感情が流れ込んできた。
ビートルズ解散直後の彼は自信家を装っているものの、不安とプライドとナルシシズムの渦のなかで窒息しそうになっている。その不安をまぎらわすため、ミックを利用している。罪悪感。自分はほんとうはミックのことが好きなのだ。仲良くありたい。
なんだ、このふたり、ライバルでいいじゃないか、と思った。
はやま
天才は、自分が天才だと思っていない
ジョンにかぎらず、本当に突出したミュージシャンのインタビューを読んでいると、ひとつ気づくことがある。
彼らは、自分の才能を「自分のもの」だと思っていない節がある。
デイヴィッド・ボウイも、マイケル・ジャクソンも、そんなことを語っていたと思う。自分が特別なのではなく、ただそこに漂っているものをキャッチしているだけだ、と。この世界——自然でも、宇宙でも、神と呼んでもいい——と、何かの拍子にシンクロできたとき、音楽が降りてくる。自分はその受け皿にすぎない、と。
謙遜ではないと思う。
本当にそう感じているのだ。だから世界から授かったものを、世界に還元しようとする。ジョンの「イマジン」も、マイケルの「ヒール・ザ・ワールド」も、そういう衝動から生まれた音楽だ。
頭とテクニックでつくる人たち
一方で、頭とテクニックで音楽をつくる人たちがいる。計算があり、戦略があり、マーケットを意識している。それ自体は悪いことではない。すばらしい音楽もたくさん生まれる。
ただ彼らは往々にして、「自分は特別な人間だ」と信じている。才能は自分のものであり、他者よりすぐれた自分がいる。
ミックがジョンの悪口を言いつづけたのは、もしかするとそういうことだったかもしれない。ミックは天才的なパフォーマーだ。でも彼の才能は、どちらかというと「磨き上げた」ものに見える。ジョンの才能は、どこか「降りてきた」ように感じる。
その差は、音楽そのものより、その人の「世界との関係」に現われる気がする。
はやま
自我を手放したとき、何かが流れてくる
「自分は特別だ」という感覚を手放したとき、人は世界と繋がりやすくなる。
これは東洋哲学が何千年もかけて言いつづけてきたことだ。自我という壁が薄くなるほど、外側にある何か大きなものと共鳴できる。天才と呼ばれるミュージシャンたちが無意識にやっていることを、仏陀やヨガの賢者たちは言葉にしようとしてきた。
ジョンは晩年、瞑想にのめりこんでいた。マイケルは子どもたちへの愛を語りつづけた。ボウイは最後のアルバムを、自分の死を知りながら静かに完成させた。
彼らが最後に辿り着いた場所は、どこか似ている。
自我の嵐を生き抜いた先に、澄んだ何かがある。それを音楽と呼ぶのか、愛と呼ぶのか、神と呼ぶのか——。言葉はなんだっていい。
📝 この記事は「綴る」カテゴリのエッセイです。音楽の話から始まりましたが、「自我を手放すと世界と繋がれる」という問いは、食やウェルネスの根っこにも流れていると感じています。
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