誕生日のごちそう——娘の大好物は、ただ焼いただけの鶏もも肉

鶏もも肉のグリル

娘のいちばんの好物は何か。そう聞かれたら即答できる。骨つきの鶏もも肉を、魚焼きグリルで焼いただけのものだ。実は子どもの頃の僕もそうだった。母がオーブンで焼いてくれる骨つき鶏もも肉が大好物だった。

顔も瓜二つなら、食の好みも似ている。同じ体質なのだろうか。

凝った下ごしらえも秘伝のたれもない。塩を振る。グリルに入れる。こんがり焼き目がつくまで待つ。それから黒胡椒を振って細い部分にアルミホイルを巻く。たったそれだけ。料理と呼んでいいのかどうかもあやしいくらいだ。それでも娘はこの世のどんなごちそうより愛している。

だから誕生日もクリスマスも、我が家のメインディッシュは毎年これと決まっている。

とはいえ、父にも見栄がある。年に数度のハレの日くらい食卓を華やかにしてやりたい。今日は娘の誕生日だ。ポテトフライを揚げ、シチューを煮込み、サラダをこしらえる。フランスパンをカリッと焼いてブルスケッタにして、無添加の冷凍ピザをオーブンで焼いて並べるつもりである。あれこれ手を尽くし、それらしい祝いの膳をこしらえるのだ。

ピザを生地から手作りしたこともあった。小麦粉をこね、寝かせ、伸ばし、具をのせて焼き上げた。娘の好きなマルゲリータだ。自信作だった。家族にも大いに好評で、僕はすっかり得意になった。でも、あまりに手間がかかりすぎた。それきり作っていない。あの日のピザは我が家の伝説として語り継がれることとなった。

父の情熱は大抵、一回限りで燃え尽きる。

そうして食卓にごちそうがずらりと並んだ。

ところが、きらびやかな脇役を尻目に、娘の箸が、いや、手がまっすぐに伸びていったのは、あのただ焼いただけの鶏もも肉だった。骨を持って豪快にかじりつき、口のまわりを脂でてらてらさせながら、世にも幸福そうな顔をしている。フライもシチューもピザも、王さまの前ではただの取り巻きにすぎない。

ごちそうとはいったい何なのだろうか。手間でもなければ、値段でもない。たぶん、いつもの味なのだ。

いつか娘が大きくなって、どこかの店先で鶏もも肉の焼ける匂いを嗅いだとき、子ども時代の誕生日を思い出すことだろう。僕と同じように。

テレビの中では聖火ランナーがトーチを掲げて走っている。五輪が開幕するようだ。あることを思いついた。食べ終わった鶏もも肉のアルミ部分を握って立ち上がり、「よし、次はパパの番だ」と娘に告げて、居間を走り回った。

それを見て、娘は大笑いした。

笑いながら、ぷっとおならをした。やっぱり僕と同じ体質なのだ。