長い夜(第一章) 初めての金縛り

ローカル線

心霊体験が二度ある。後にも先にもそれだけだ。

どちらも阪神淡路大震災の直後だった。その頃、僕は大学生で、実家から大阪の大学までJR神戸線で通っていた。

震災でそれが止まった。神戸の手前から完全に不通になったのだ。大学はやっていたが、電車が動かないのだから仕方がない。これ幸いとばかりに僕は大学を休んで遊び回っていた。

やがて試験の時期がやって来た。

友人たちの通う大学は延期か中止になったと聞いた。うちの学校もこの状況でまさか試験などやらないだろうと高をくくっていた。それでも念のため大学に確認してみたら、通常どおり実施するというではないか。

慌てて大学の友人に電話をかけ、試験期間中泊めてくれと頼みこんだ。それからバッグに荷物を突っ込んで、不通区間の神戸を大きく迂回するルートで大学へ向かった。

田舎を走るローカル線の車窓にはずっとのどかな光景が流れていた。ひさしぶりにほっとした。僕の街は震源地から少し離れていて、家が倒壊したり火災が発生したりということはなかったけれど、それでもあの頃あの土地は言葉では表わせない重苦しい空気に包まれていたのだ。

何度か電車を乗り継いで、僕はいったん京都へ出た。そこから大阪へ下り、家を出てから八時間ほどかかって、ようやく大学近くの友人のワンルームマンションに転がり込んだ。

その夜だった。

友人がベッドの横に敷いてくれた布団で寝ていたら、深夜ふと目が覚めた。体がぴくりとも動かなかった。首だけはなんとか回ったが、空気がおかしかった。うまくは言えないのだが、墨を塗り固めたような重さがあった。闇が濃いのだ。左を見ると、ベッドの上で友人が寝息を立てている。すぐ右手にテレビがある。その下のビデオデッキのデジタル時計は深夜二時を指していた。

足元に何かの気配があることに気がついた。

首を引いて見たら老人がいた。はっきりとは見えない。輪郭も曖昧なのに、なぜか男だとわかった。何をするでもなく、ただ僕の足の上に胡坐をかいて座っている。足首のあたりに確かに重みを感じる。

うわ、と大声を出したつもりが、声は出なかった。

友人を起こそうと何度も声をかけようとしたが、口がぱくぱくするだけで肝心の声が出ない。体は固まったままだ。冷たい汗が首筋を流れ落ちる。全身が粟立ち、呼吸が荒くなり、胸の奥で心臓が早鐘を打つ。空気がうまく肺に入らない。

怖い——。そう思った瞬間、一気にパニックに襲われた。

とはいえ、相変わらず手も足も出ない状態である。何もできず、ただ友人と時計のあいだを、僕の視線はせわしなく行き来するだけだった。

どのくらいそうしていただろうか。

突然、足元が軽くなった。下を見ると老人は消えていた。全身のこわばりも解けている。部屋の空気が軽い。僕は深い安堵の溜息をついた。

友人を起こそうか迷ったが、時計を見ると三時を回っていた。今夜はもう大丈夫という確信めいたものもなぜかあった。だからそのまま眠ることにした。明日は試験だ。

その日、僕は金縛りというものを初めて経験した。金縛りが科学的に説明可能な生理現象ということは知っている。

それでもあの老人は、夢でも幻覚でもなかったといまでも思う。デジタル時計の数字も、友人の寝息も、足首の重みもはっきり覚えている。

翌日、友人に前夜の出来事を打ち明けたとき、二人で地震と何か関係があるのだろうかという話になったが、考えてみれば僕は被害地には一度も足を踏み入れていなかった。死者の霊に憑かれたという説明は通らない。何が起きたのか、本当のところは何ひとつわからない。

ただあの震災のあと、霊を見たという話はたくさん耳にした。のちの東日本大震災のあとも、被災地のタクシー運転手らが、乗せたはずの客が消えたと口々に語ったそうだ。

人が大勢亡くなると、この国では何かが起きる。