神社の影——子どもの頃の異界体験

夜の神社

子どもの頃、神社は昼と夜で別の場所になると本気で思っていた。

昼間は人がいて、光があふれている。ただの近所の神社だ。ところが黄昏時を過ぎると、境内の奥の鎮守の森だけが別の時間を生き始める。空気は重く、濃くなり、あらゆる音が吸われていく。世界の端がめくれ上がっているように感じていた。

あの日、僕はそのめくれた部分に触れてしまったのだと思う。

深夜の参詣

参道の手前の手水舎ちょうずやで、僕は身を清めていた。

右手で柄杓を取り、左手を流す。持ち替えて右手を流す。もう一度持ち替えて、左の手のひらに水を受け、口をすすぐ。ただそれだけの所作なのに、深夜の水の冷たさが指先から這い上がってきて、眠っていた神経がびりっと目を覚ました。

玉砂利が、じゃりり、じゃりりと鳴る。頭上では木々が枝を差し交わし、こぼれた月明かりが足元で揺れている。さっきまで聞こえていた車の音が遠のいている。

参道を歩いていく。真ん中は神さまの道だと誰が言い出したのだろうか。神さまに教わったわけではあるまい。

両脇には灯籠が並び、その奥に魔を寄せつけまいと狛犬が一対、闇をにらんでいた。参道の外側は鎮守の森だ。周囲の音を吸い込み、湿った空気をたたえ、歩けば歩くほど外の世界を遠ざけていく。

古代の人々は、神は社殿ではなく、この森の巨木や巨岩に降りてくると考えていた。鎮守の森は、神さまと僕らの中継地点なのである。

夜気はひんやりと湿っていた。周囲は森閑としており、森は黒く、光という光を飲み込んでいるようだ。

背筋がぞくりとした。

僕は一人で来たことを後悔し始めていた。

白装束の女

拝殿の前に立った。鈴を鳴らし、賽銭を入れてから二礼二拍手一礼——やることはそれだけだ。神さまとの対面にややこしい取り決めはない。

鈴の綱に手を伸ばしたそのときだった。

背後の森で、コツ、と乾いた音がした。

——コツ。コツ。コツ、コツ、コツ。

釘を打つ音だ。

周囲をきょろきょろ見回すと、鎮守の森のいちばん濃い闇の中に、白いものが浮かんでいた。

白装束の女だった。

顔と言わず手と言わず、真っ赤に塗りたくっている。頭にはなぜか五徳を逆さに載せ、三本の脚に立てたろうそくの火がゆらゆらと揺れている。口には櫛をくわえ、片手に藁人形、片手に金槌、足元は一本歯の高下駄——。

丑の刻参りだ。

名前だけは僕でも知っている。憎い相手をかたどった藁人形を、ご神木に五寸釘で打ちつける……。そこまで考えて血の気が引いた。

この呪いの儀式には大事な決まりごとがある。誰にも見られてはならない。見られたら効き目が消える。だから見た者は口を封じられる。

真っ赤な顔がゆっくりこっちを向いた。

女がかっと目を見開いた。

「見た、な」

僕は悲鳴を上げた。だが、喉から出てきたのは「ひゃっ」という、我ながら情けない音だった。

金槌を振りかざした女が、一本歯の下駄でカランコロンと、しかし驚くべき速さで追ってくる。僕は参道を鳥居に向かって一目散に駆けた。玉砂利に足を取られる。道の真ん中をまっすぐ、なりふりかまわず突っ走った。

——神さま、いまだけは許してください。

狛犬にぶつかりそうになり、灯籠の影から伸びてくる何かを振り払い、手水舎の柄杓をひっくり返し、最後は転がるようにして鳥居の外へ這い出した。

子どもの頃の異界体験

「うわっ!」

自分の声で目が覚めた。

デスクに突っ伏していた。頬の下には、書きかけの原稿。どうやら書いているうちに眠ってしまったらしい。

窓の外はもう明るかった。雀たちが無邪気にさえずる声がする。

時計を見ると、朝の五時を指していた。丑の刻参りも真っ赤な顔の女もぜんぶ夢だった。ほっと胸をなでおろす。

それにしてもなぜ、あんな夢を見たのだろうか。

心当たりがあった。理由はたぶんあれだ。神社のことをいろいろと書いているうち、長いあいだふたをしてきた記憶の扉が開いたのだ。

子どもの頃、実家から少し離れた神社の鎮守の森で、幼なじみと虫取りをしていた。

二人して夢中で網を振り回していたら、そいつが突然、黙って木の幹を指さした。藁人形が打ちつけられていた。五寸釘で胸のあたりを深々と。子どもながらに見てはいけないものを見てしまったという気分になり、その日はそのまま家に帰った。

大人になったいまなら、あれが何だったのかわかる。丑の刻参りの跡だ。

あの呪いは、七日目に満願を迎える。木に刺さったまま残っていたということは、満願の前に誰かに見られたか、途中でやめたか、あるいは呪いが成就したか——。

さらにぞっとしたことがある。

そのすぐそばの地面が掘り返され、土の中から藁人形が半分だけ、顔を出していたのだ。打ちつけるのとは別の呪詛だ。人をかたどった像を土に埋めて呪う厭魅えんみという呪法が、陰陽道に古くからある。あれはおそらくその類いだったのだと思う。

丑の刻参り

丑の刻参りの本場は、京都の貴船神社だ。貴船の神が丑の年の丑の月の丑の日の丑の刻に降り立ったという言い伝えから、丑の刻に願えば叶うと信じられた。それがいつしか裏返り、宇治の橋姫の伝説を経て、憎い相手を呪う作法へ転じたという。

藁人形に釘というのも、密教の調伏——不動明王のような恐ろしい仏を本尊に据え、憎い相手をかたどった人形を打ち壊し、火に投げ入れて呪い伏せる修法や、陰陽道の呪詛が民間に流れ込んで固まったものだ。

平安の貴族たちはそれで政敵を呪い、戦国の武将は戦の勝敗を賭けて呪術合戦まで演じた。僕が昔、神社で見たあの藁人形は、その長い呪いの歴史の末端だったわけだ。

丑の刻参りは、神域を侵し、神道がなにより嫌う穢れをみずから撒き散らす行為である。後ろ暗いにもほどがある。あのとき子どもながらに陰惨なものを見たと感じ、気味が悪くて今日まで忘れていた。

それでも——。

あれほど暗い願いを抱えて忍び込む者すら、神社は鳥居の内から締め出しはしない。結界はあっても、この国の神々は生きた人間を拒むことはない。善人も道を踏み外した者も等しく受け入れる。

以前、山上の神社に善い神も荒ぶる神も同じように祀られているのを見て、神道のおおらかさに感心したことがあったが、あれと同じだ。

呪う者を焼き払う神ではなく、呪う者すら黙って抱えておく神。その底なしの懐の深さは、僕がこの国の精神文化で誇らしく思うところでもある。

神社の気、場の気配

ただ、どこの神社でも同じように気持ちが整うわけではない。

東京に出てきてから、正月には近所の神社や都内の有名どころに足を運んできたし、道で見かければふらっと立ち寄った。登山を始めてからは、地方の神社にもよく参るようになった。大きな山には大抵、山の神を祀る社がある。安全を祈ってかならず手を合わせる。

そんななか、ごくたまに空気の重い神社に行き当たる。うまく言えないのだが、妙に気が澱んでいる。どうにも居心地が悪い。そんな日は長居せず、さっさと退散する。

以前、江東区の有名な神社に初めて初詣に行ったときがそうだった。

正月というのになぜか暗い、肌に合わないと感じ、お参りだけして早々に切り上げた。「もう来ることはないね」と家族と話していた。その翌年、あの事件が起きた。宮司の姉弟間の確執が原因だったらしい。

神社の建つ土地は、もともと気の強い場所が多い。

そこへ、人々が何百年と捧げてきた祈りが積もっている。それがいつもいい方向に働くとはかぎらないのか。単にその土地と僕の相性が悪かっただけなのか。本当のところはわからない。

ただ、この手の直感は大切にしている。

場の気配を感じ取るのは、特別な霊感でもなんでもない。自然の中で生き延びるために日本人がずっと使ってきた、ごくあたりまえの感覚だったはずだ。その力を、鈍らせたくはない。

あれ以来、僕は神社の奥にある森を、昼間でも少しだけ怖いと思うようになった。

神社はおかえりと言ってくれる場所だ。でもその奥には、もうひとつの世界への入り口がある。ふだん目を向けないだけで、ずっとそこにある。

見えない世界は、消えたわけではない。僕らが見なくなっただけだ。