夜のアクロバット——子どもの寝相はなぜあんなに悪いのか

子どもの寝相

子どもの寝相というのは、どうしてああも自由なのだろう。

寝かしつけたときには確かに枕に頭を乗せ、布団もきちんとかけて、お行儀よく目を閉じていたはずなのだ。それなのに夜中に様子を見ると、布団は彼方へ追いやられ、本人は九十度回転して、足が枕の上にのっている。腕は万歳していて、口は半開き。行儀などという二文字は影も形もない。

そっと体を回して、布団をかけ直す。よし、と思って自分も目を閉じる。ところが明け方、もう一度見ると、今度は百八十度回転し、さっきとは頭と足が逆になっている。いったい夜のあいだにこの小さな体に何が起きているのか。コマ送りで見たら、きっと見ごたえのあるアクロバットになつているだろう。布団という道具の存在意義をこれほど根本から問われる相手もなかなかいない。

おまけに熱い。抱き上げると、まるで小さなこたつを抱えているようだ。眠っているだけなのに体の芯で何かが盛大に燃えている。生きるというのはこんなにも熱を出すことなのか。大人の体はいつの間にこの火を弱めてしまったのだろう。

何度直しても、朝にはかならずアクロバティックに体勢を披露する。

完全な徒労である。

でもある夜、ふと気づいた。

こんなに無防備に眠れるのは、ここが安全だと体が信じきっているからだ。怖いものがひとつもない。だから手も足も行きたいところへ勝手に行く。眠りのなかでも世界をまったく警戒していないのだ。

いつかこの子の寝相も落ち着く日が来るのだろう。それは世界に少しだけ気を遣いはじめた日でもある。

布団からはみ出した足をそっと中へ戻しながら思う。

——その日が、もう少しだけ遠くにありますように。