塩麹を育てすぎてペット化した話

塩麹を仕込んだのは、ほんの思いつきだった。米麹と塩と水をガラス瓶に入れて、台所の隅に置いておいた。最初の数日は、ただの白い液体である。ところが三日目あたりから、瓶の中で何かが“息をし始めた”。

一週間もすると、なんだか呼吸を始めた。ぷつ、ぷつ、と小さな泡が立つ。瓶の内側に、うっすらと生命の気配が宿る。台所の空気が少しだけ甘くなる。夜中に冷蔵庫を開けたとき、その香りがふっと鼻先をかすめて、「ああ、育ってるな」と思う。

気づけば、僕は一日に何度も様子を見に行っていた。

「今日は元気か?」

「ちょっと水足すか?」

「寒くないか?」

完全にペットである。

妻に言ったら、「また変なもの育ててる」とだけ返ってきた。変なものとは失礼な。これは立派な発酵生物である。むしろ、うちの家族の中でいちばん素直に育っている。

ある晩、瓶を覗き込んだら、塩麹がふわっと香りを放った。その瞬間、僕は思った。

——あ、これは名前をつけたほうがいいな。

結局、我が家の新たな同居人は「こーじろう」と命名された。もちろん妻には内緒だ。

気がつけば、僕のほうが塩麹に世話を焼かれている気さえしてくる。

「ちゃんと食べてるか」

「疲れてないか」

と、瓶の向こうから見守られているような気がするのだ。

発酵というのは不思議だ。ただの麹と塩と水が、時間と温度と少しの愛情で、いつの間にか“生きもの”になる。台所の片隅で静かに、確かに育っていく。

今日も瓶の前に立つ。塩麹——いや、こーじろうは、ぷつりと小さく泡を立てて応えた。

——うん、元気そうだ。