「子どもに健康的な食事を食べさせたいけど、料理が苦手で時間もない」——食卓アドバイザーはやまに相談してみたら

料理が苦手なママ

「子どもに健康的なものを食べさせたいとは思ってるんです。でも料理が苦手で、仕事から帰ったら疲れ果てていて。毎日出来合いのものに頼ってしまって、罪悪感ばかりで……」

先日、こんな相談をいただきました。共働きで小さなお子さんを育てている、30代のママさんです。

最初に言わせてください。

その罪悪感、今日から手放していいです。

はやま

完璧な食事を作れたと思ったこと、わたしにもほとんどないですよ(笑)。でもそとつだけ、ずっと磨き続けてきたことがある。「手を抜けるところは、徹底的に手を抜く」という知恵です。

アニメ監督が気づかせてくれたこと

宮崎駿さんの対談集を読んでいたとき、こんな趣旨の話が出てきて、思わず膝を打ちました。

完璧に整った映像より、突き抜けた個性と熱量のある作品のほうが人の心を動かす——。完璧を追いかけることより、不完全でも突き進む人間のほうが、世界をずっとおもしろくする——と。

料理も同じだと思いました。

完璧な食事とはなんでしょう。栄養バランス? 家族が喜ぶ味? その両方を満たすもの? 定義しようとするほどゴールは遠のいていきます。そしてゴールが遠いほど、「今日もできなかった」という罪悪感が積み重なっていく。

でもそもそも、毎日の食卓に「完璧」は必要なのでしょうか。

「手を抜く知恵」こそが料理の本質

わたしの夕食の作り方をちょっと公開します。

基本は一汁三菜です。でも副副菜はぬか漬けを出すだけ。副菜は3日分まとめて作り置きしたもの。今夜の副菜はひじきと大豆の煮物でした。主菜はラーメン——といっても、昨日のスペアリブと大根の甘辛煮の煮汁が残っていたので、その煮汁をアレンジしてスープを作り、野菜炒めを乗せました。使い回し上等、手間をかけずにおいしくする、それがわたしの料理です。

はやま

手を抜く、とさっき言いましたが、完璧の反対は「手抜き」ではありません。「知恵」です。残り汁を翌日のスープにする、ぬか漬けは漬けておけば副菜になる、作り置きは3日間働いてくれる。こういう段取りは、料理が苦手でも練習で身につきます。むしろ苦手な人のほうが、余計なことをしないぶん、合理的な知恵を身につけやすかったりします(笑)

たまにスーパーのお惣菜で済ませることもある。チルドのおかずをお弁当に入れることもある。それでまったく構わないとわたしは思います。

ただ、こんな話もあります。

うちの娘は、お惣菜が続くと口で何も言わないけれど、態度に思い切り出してきます(笑)。食が細くなる。食卓での反応が薄くなる。「じゃあ今日は手作りにしよう」と思って手料理を出すと、みるみる顔が変わる。娘にとって、加工食品よりわたしの料理のほうが好きだということでしょう。単純に、うれしい(笑)。

一汁一菜から始めてみてください

料理が苦手な方にいちばんおすすめしたいのは、一汁一菜から始めることです。汁物ひとつと、主菜ひとつ。それだけ。副菜は市販のものでも、ぬか漬け一切れでも、あるいはなくても構いません。

最初は下手で当たり前です。やり続けるうちに手際がよくなる。味付けが上手になる。子どもの口に合う料理がわかってくる。料理の上達とはそういうものです。

一汁一菜に慣れてきたら、副菜を一品加えて一汁二菜に。それが定着したら、ぬか漬けや作り置きを副副菜にして一汁三菜へ。ぬか床さえあれば、野菜を入れておくだけで副菜が一品できあがります。毎日何かを「漬けている」という事実が、食卓への小さな自信にもなります。

「健康的な食事」の定義を変えてみる

「健康的な食事を食べさせたい」という言葉の裏側に、どんなイメージがありますか? 無農薬野菜、添加物ゼロ、手の込んだおかず——。そういうものを思い浮かべているとしたら、少しハードルを下げてみてください。

わたしが思う健康的な食事のポイントは、とても単純です。白砂糖と精製した小麦粉をなるべく使わない。お味噌汁を毎日飲む。発酵食品を食卓に一品置く。これだけで、食卓の質はずいぶん変わります。

はやま

お惣菜をゼロにする必要はないし、毎日完璧に作る必要もない。でも、味噌汁を毎日作ること、ぬか漬けを一切れ添えること——。こういう小さな積み重ねが、家族の体を支える土台をつくります。

まとめ:今日から食卓を少しだけ変える、三つのこと

  • 「完璧な食事」の定義を捨てる。一汁一菜から始めれば十分
  • 「手を抜く知恵」を磨く。残り汁の活用、作り置き、ぬか漬け
  • 味噌汁と発酵食品を食卓の定番に。豪華さより素材の質を大切に

料理が苦手でも、時間がなくても、だいじょうぶです。最初から上手な人なんていません。やっていれば、少しずつかならず上手になっていく。不完全でも毎日台所に立つあなたの姿が、子どもにとっての「帰る場所」になっていくと、わたしは思います。