お店のお味噌汁、おいしくないね——娘がこっそり言った夜と、父の出汁の話

出汁をとる父

娘が小学生のころ、家族で入った定食屋でのことだ。

味噌汁を一口飲んだ娘が、僕の耳に口を近づけてきた。

「ねえパパ、これおいしくないね」

「こら、お店の人に聞こえるよ」

ドギマギしながらも、内心ではうれしかった。毎晩、出汁を取り続けてきた甲斐があった、と思った。

……ところが。

その娘も今では高校生。友達とひんぱんに外食するようになり、化学調味料たっぷりのラーメンも、ファミレスの味噌汁も、「おいしい」と言いながら普通に食べている。

舌を鍛える作戦、大失敗である。

後悔はしていない。あれはきっと娘のためだけじゃなく、毎晩自分がおいしい味噌汁を飲みたかっただけなのだと、いまになって思うからだ。

今日は、わが家の出汁の話をしたい。

だしの素を使うと、誰が作っても同じ味

だしの素(顆粒出汁)は便利だ。お湯に溶かすだけで、それなりにおいしい和風の味が出来上がる。でもひとつ、気がかりなことがある。

誰が作っても、いつ作っても同じ味になるのだ。

昆布やかつお節、煮干し、干し椎茸から取った出汁は、素材の種類や量、水加減や火加減、煮出す時間などによって、微妙に毎回ちがいが出る。具材との兼ね合いで、濃くしたり薄くしたりもできる。それが、台所に立つ人間の仕事だ。

けれど化学調味料(グルタミン酸ナトリウムなど)は、天然の出汁とは性質が異なる。尖がっているというか、パンチが効いているというか。昆布やかつお節などの出汁は、とてもやさしい。そして、掛け値なしにうまい。一度丁寧に出汁を引いてみれば、その差は歴然である。

はやま

手間をかけた出汁のやさしさは、化学調味料では出せません。娘が小さかったころ、「これおいしくない」と耳打ちしてきたのも、そういうことだったのだと思います。

とはいえ、毎日本格出汁を取るのも現実的ではない。我が家も、気分と状況によって使い分けている。

我が家の出汁、三段活用

我が家の出汁は、だいたい三種類だ。

① 煮干しを入れて一緒に煮る

味噌汁の出汁として、昔よくやっていた方法である。

小鍋に煮干し数匹(お好みで一人分につき二~五尾)と、あらかじめ小さくカットして保存容器に入れてある昆布を数枚、そのまま放り込んで火にかける。沸騰したら弱火で三分ほど。煮干しと昆布を引き上げてから、具材(豆腐、白ねぎ、わかめ、油揚げなど)を煮て、最後に味噌を溶いたら完成。

簡単な出汁のとり方

煮干しの頭と内臓を取ると雑味が消えてぐっとおいしくなるが、時間のないときはそのままでもさして気にならない。煮干しはカルシウムの塊。そのまま食べることで一物全体で栄養も摂れる。成長期の子どもや女性にとくにおすすめ。うちの娘も小さいころはよく食べていたが、高校生になったいまは食べたがらない。

実家の母は前の晩から鍋に水を張り、煮干しを右手でひとつかみバサッと放り込んでいた。量が多いと魚の臭みが強くて、子ども心に「これは味噌汁ではなく煮干し汁では」と思っていた。 自分で料理をするようになって、量を減らすだけでおいしくなることに気づいた。好みの問題ではあるが。

急ぐときは煮干しと昆布、具材を最初から全部いっしょに煮ても問題ない。調理時間がますます短縮できる。

② 出汁パックの中身だけを使う

最近いちばん多いのがこの方法。市販の無添加出汁パック——かつお節、煮干し、昆布、干し椎茸などを粉末状にして紙パック詰めしたものを、ガラス瓶に移し替えておく。

そこから小さじ一杯から三杯を水を張った鍋に入れて、具材とともに煮るだけ。パックを引き上げる手間もなければ、使用量の節約にもなる。出汁パックを一袋ずつ使うのと比べ、量を自分で調整できる点も気に入っている。

味噌汁、煮物、野菜炒め、お好み焼き、焼きうどん、ゴーヤチャンプル……。出汁をきかせたい料理ならなんにでも使える。

③ 本格出汁(昆布とかつお節)

煮物や汁物を丁寧に作りたいとき、あるいは気分が乗ったとき、いつもより気合いを入れて出汁を取る。手間がかかるし、コスパもよくないけれど、手間暇を惜しまず取った出汁はひと味もふた味もちがう。家の味噌汁だって料亭の味になる。

本格出汁の取り方——昆布とかつお節

出汁のとり方

材料(一リットル分)は、水一リットル、昆布十グラム、かつお節二十グラム。

①昆布の汚れを拭く

いつかテレビで昆布漁のドキュメンタリーを観たことがある。海から引き上げた昆布を浜辺でそのまま天日干しし、選別してそのまま出荷していた。台所に届くまでの工程を考えると、細かいゴミや砂粒が混じっていても不思議はない。まずはキッチンペーパーか乾いた布巾でざっと拭く。

ただし水洗いは厳禁。表面についている白い粉は、うま味成分のグルタミン酸だ。洗い流してしまうのは惜しい。

②昆布を水に浸ける(できれば一晩)

昆布と水を鍋に入れ、夏場は冷蔵庫で一晩置く。夜、冷蔵庫の中で昆布が静かにふくらんでいるのを見ると、なんとなく僕は気分が落ち着く。時間がないときは省略してもかまわないが、最低でも三十分は置いたほうがいい。

③火にかけ、沸騰直前に昆布を取り出す

中火(炎の頭が鍋底につくくらい)で加熱。沸騰する直前に昆布を取り出し、火を止めて二、三分待つ。沸騰してしまったら、差し水を少ししてもいい。

ポイントは、かつお節を入れる前にお湯の温度を少し下げることだ。コーヒーや日本茶と同じで、温度が高すぎると香りとうま味がうまく抽出できない。

④かつお節を入れて二分待ち、濾す

かつお節を加えたらそのまま二分待つ。キッチンペーパーで濾して完成。

数日分(二、三リットル)をまとめて取ってしまうのがおすすめだ。量が多いほうがおいしくなる。フリーザーバッグに入れて冷凍保存もできる。

ちなみに市販のかつお節には大きく二種類がある。「かつお節削り節」はカビつけと天日干しを繰り返した本枯節を削ったもの。コクと香りが格段にいい。「鰹削り節(花かつお)」はカビつけなしの荒節を削ったもので、市場に出回る大半がこちら。安価だが、いぶし臭が残る。本格的に出汁を取るなら「かつお節削り節」が断然いい。

出汁がらを再利用する方法

本格的な出汁を取ると、昆布とかつお節の出汁がらが大量に出る。捨てるのはもったいない。

細かく刻んでフライパンで乾煎りし、ごまを加えて醤油と酒やみりんで味付けするだけで無添加ふりかけになる。ご飯との相性は抜群だ。

出汁がらをぬか床に入れると、味がぐっと深くなる。ぬか床のあるご家庭はぜひお試しあれ。

すりこみ作戦は失敗したけれど

子どものころから本物の出汁で育てれば、舌が肥えて本物の味わいのわかる人間になる——。そう思って毎晩出汁を取ってきたのだけれど、結果は冒頭に書いた通り。「本物」のすりこみには失敗した。

でも娘はいつも家の味噌汁を食事の最初にずずっとすする。その瞬間、帰宅後の疲れた顔やこわばった顔がすっとゆるむのがわかる。

手をかけた出汁は、その日の自分にしか出せない味だ。それが料理の醍醐味であり楽しさだと思う。

一汁三菜という日本の食卓の基本形は、出汁のうえに成り立っている。難しい話ではない。煮干しを鍋に放り込むだけでいい。今夜の味噌汁が、それだけでひと味変わる。

出汁の素材そのものについて——昆布の産地のちがい、かつお節の種類、煮干しや干し椎茸の選び方は以下の記事にくわしく書いています。