「ヨガって、なんか意識高い系じゃないですか」
わかります。わたしも長いことそう思っていました。
ヨガウェアを颯爽と着こなし、スムージーを手に「最近マインドフルネスを取り入れていて」と語る人たち。あるいは薄暗いスタジオで、ゆったりしたインド音楽が流れて、なんとなくスピリチュアルな空気が漂っているやつ。
なんか違うな、という感覚。その感覚は正しいと思います。
ただ、「ヨガそのもの」が意識高い系なのかというと、それとこれとは、まったく別の話なのです。
ヨガは「運動」じゃない
ヨガの起源は、今からおよそ5000年前のインダス文明にまで遡ります。「yoga」という言葉はサンスクリット語の「yuj(ユジュ)」から来ていて、意味は「つなぐ」。
何と何をつなぐのかというと、個人の魂(アートマン)と宇宙の根源(ブラフマン)、つまり「自分」と「世界」をつなぐもの。
はやま
現代では「柔軟性を高める運動」「ダイエット法」のイメージが定着していますが、それはヨガという大きな木の、枝の一本にすぎません。
ヨガとの出会いの話
わたしがヨガと出会ったのは、体が思うように動かなくなっていた時期のことでした。
はやま
最初は体を立て直すためにアーサナ(ポーズ)を始めました。でも独学のなかでヨガ哲学に触れるうちに、「ああ、これはただの運動じゃない」と気がつきました。そこからはどっぷり。気がつけば引き返せなくなっていた(笑)。
ポーズは「三番目」にすぎない——八支則という地図
ヨガを体系化したのは、今から約2000年前の哲人、パタンジャリです。彼の著した『ヨーガ・スートラ』には、「八支則(はっしそく)」と呼ばれる実践の段階が記されています。
順番に並べるとこうなります。
- ヤマ(やってはいけないこと)——暴力を振るわない、嘘をつかない、など
- ニヤマ(やるべきこと)——清潔にする、満足する、学ぶ、など
- アーサナ(ポーズ)
- プラーナーヤーマ(呼吸法)
- プラティヤーハーラ(感覚の制御)
- ダーラナー(集中)
- ディヤーナ(瞑想)
- サマーディ(三昧・悟り)
お気づきでしょうか。「アーサナ」は、3番目です。
あの有名なポーズたちは、全体のほんの一部。倫理的な生き方(①②)を土台に、心を整えていくための段階(⑤⑥⑦⑧)へと向かう途中にある体の準備——。それがアーサナの本来の位置づけです。
はやま
スピリチュアルとは、どこが違うのか
「ヨガとスピリチュアルって、同じようなものじゃないの?」と思っている方も多いかもしれません。
わたしは、根本的に違うと考えています。
一番わかりやすい違いは「目的」です。スピリチュアル系(たとえば引き寄せの法則)の多くは、「執着を手放せば、欲しいものが手に入る」という構造をしています。でも少し考えると、「手に入れたいから手放す」というのはなかなかの自己矛盾です。
ヨガ(そしてその系譜にある仏教)が目指すのは、そこではありません。欲求が「満たされること」ではなく、欲求そのものから自由になること。煩悩から解放された状態——解脱や悟りを、究極のゴールとして設定しています。
はやま
だからこそ、アーサナをやる
「哲学の話はわかった。でも体のポーズに何の意味があるの?」
しごくまっとうな疑問です。
答えはシンプル。心と体は一体だから。
どれだけ深い哲学を理解していても、体が不健康では実践できません。眠れない、痛い、重い——。体の状態は、心の状態に直結しています。逆もまたしかり。
アーサナは、体を整えることで心を整える、その入口なのです。マットに乗ることは、哲学の扉に手をかけることでもある——。ちょっと大げさかもしれませんが、わたしはそう感じています。
まず、太陽礼拝だけやってみよう
では、何から始めるか。
わたしのおすすめは、太陽礼拝(スーリヤ・ナマスカーラ)だけです。
12のポーズが一連の流れになっていて、ウォームアップから全身のストレッチまでカバーします。朝、窓を開けて、5〜10分。それだけで十分。

くわしいやり方はYouTubeで「太陽礼拝 やり方」と検索してみてください。丁寧に解説している動画がたくさんあります。
はやま
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。

