娘に「最近、怒りっぽい」といわれた夜。男性更年期を自覚した男の、大人気ない涙目と不器用な逃げ道

更年期の男性

「パパ、最近ちょっと怒りっぽいよね」
「元気ないよ」

夕飯のあと、食器を流しに運んでいた娘が僕の目をまっすぐに見ていった。そのいい方があまりに自然だったから、反発を覚える間もなく、心にすっと突き刺さった。

自分では「いつも通り」のつもりだったのに、どうやらその「いつも通り」が、知らないうちに変わっていたらしい。

数日後、洗濯物を畳んでいる妻に静かにいわれた。

「最近イライラしてるよ。無理しないでね」

「無理しないでね」がなぜか、「最近めんどくさいよ」に聞こえた。でも無理をしているつもりはない。気持ちが追いつかない瞬間が増えただけだ。そんなふうに思っていた。

あの朝の「涙目事件」

休日の朝——。寝癖のまま台所に立ち、昨夜のコップを流しに置いたままだったことに気づきながら、やかんを火にかけた。

湯が沸くまでのあいだ、ぼんやりと蛇口からしたたる水滴を眺めていたときだった。

「この鍋でハーブ煮出すのやめてっていったよね」
「トイレ、流してなかったね」

背後から妻の声が落ちてきた。まだ温まっていない頭には、どれも冷たい水みたいに刺さる。

ついイラッとしていい返したら、妻の目が三角になり、閻魔も怯える剣幕で「逆ギレするのは違うんじゃないの」と反撃された。

娘は、向こうでスマホを持ったまま静かに固まっている。いたたまれなくて、僕は少し涙目になっていた。

「自分でも、こんなふうになりたくないんだよ。だから起き抜けは、おはようだけにしてほしいといってるんだ」

そういったら、ようやく空気が静まった。あの朝、「男性更年期」という言葉が、急に他人事ではなくなった。

男性更年期は、脆さとして現われる

医学的な説明は専門家に任せるとして、僕が感じているのは、ただひとつだ。

気持ちの扱い方が、昔より難しくなった。

朝の立ち上がりが遅くなり、ちょっとしたことで心がざわめき、娘の言葉に必要以上に反応してしまう。夕方になると気力が落ち、涙腺が妙にゆるい日もある。

昔の僕なら、こんなことで揺れなかった。徹夜しても平気だったし、多少のことでは動じなかった。でもいまは、味噌汁の湯気がやけに沁みる日がある。

気遣いと衝突を行ったり来たり

男性更年期の話になると、「妻の支えが大きかった」という美談がよく出てくる。けれども、うちはそれほど単純ではない。やさしさもあれば、衝突もある。むしろ、衝突のほうが多い日だってある。

ただ僕にはひとつだけ、「逃げ道」がある。

気持ちのコントロールがうまくいかないときは、それを率直に伝え、自室に避難するのである。

「しばらくしたら収まるから、いまはそっとしておいてほしい」「喧嘩したいわけじゃない」、そういえるようになっただけ、昔よりは少しましになったのかもしれない。

自室のドアを閉めると、廊下の向こうで妻が食器を片づける音が聞こえる。その生活音が、なぜか胸に沁みいる。

男性更年期は、弱さでなく「調律」の時期

体が静かに変化しているのに、心だけが昔のペースで走ろうとして空回りする。そのズレが、怒りっぽさや涙目として現われる。

でも、それは弱さではない。ただ、リズムが変わっただけだ。

家族に気づかれ、自分でも気づき、ときどき涙目になりながら、少しずつ新しいペースに調律してゆく。そういう時期なのだと思う。

窓から差し込む光がシンクに反射している。鍋から湯気がふわりと立ちのぼる。お椀をならべ、火を止めて味噌を溶かす。その一つひとつの動作が、自分の気持ちを整えてくれる。

「こんな自分は自分ではない」と思う日がある。「こんな自分でもいいか」と思う日もある。娘の言葉も、妻の指摘も、僕を責めているわけではないのだろう。

ただ、変わりゆく僕を、いちばん近くで見ているだけだ。