雨の街を、の記憶——中島みゆきと荒井由実

雨の日

動画サイトで沢田研二の曲を聴いていてふと思った。

人は生まれてから言葉を操るようになるまでの期間に耳にした流行歌が、その人の感性に無視できない影響を与えているのではないかと。

昔は音楽番組がたくさんあったし、家や車の中でラジオもよく流れていた。家の台所で母が夕飯を作っているときに流れていたAM、父が車で聞いていたFMやカセット、夜の歌番組。自分の意思とは関係なく、毎日毎日、耳に流れ込んでくる音があった。好きな曲だけを選んで聴くいまとはちがっていて、音楽体験は受け身だった。

ちょうど家の匂いみたいなものだ。自分では選んでいないのに気づけば体の奥に沈殿している。

曲そのものより当時の家の湿度、夕方の光、家族の声、台所の匂い、テレビの音量、ラジオのノイズ——。特定の曲が流れるとそういうものが一気に立ち上がる。閉じていた引き出しがすっと開く。

こんなことも考える。

歌詞の言葉遣いが、知らないうちに自分の話し言葉や書くもののリズムに影響している。どんな間が心地いいか、どんな盛り上がりが好きか。語りや文章の呼吸にも似ている。

記憶のスイッチが入る曲にもいろいろあるけれど、僕の場合はたとえば中島みゆきや松任谷由実だ。大きくなってから聴いて興奮したり陶酔したりする曲とは別物で、ただ泣きそうになる。

当時のメジャーとマイナーを行ったり来たりするメロディラインが泣きの琴線を刺激するのかと思っていたけれど、いまの子たちが聴いてもそうはならない。それは単に曲の良し悪しではなく、体の中にその時代の空気が堆積しているかどうかだろう。

あの頃のメロディは確かに泣きの構造を持っている。でもそれだけでは涙腺は動かない。

泣きそうになるというのは、環境の記憶があるからで、いまの子にはそれがない。懐かしさではなく、体の奥にある未処理の感情が動く瞬間なのだと思う。

子どもの頃は感情を言語化できない。ただ音楽だけはその感情を代わりに表現してくれる。だから大人になってその曲を聴くと、言葉にならなかった感情が浮上してくる。これが「泣きそうになる」の正体なのではないだろうか。スイッチが入るような気がするのは、感性の原型が再起動する瞬間なのだ。

沢田研二の曲でいえば「時の過ぎゆくままに」「勝手にしやがれ」「追憶」「コバルトの季節の中で」がそうだ。ただのヒット曲ではない。昭和の情緒の揺れ幅そのものだ。メジャーコードで始まって、ふっとマイナーに沈む。その沈み方が深すぎず浅すぎず、絶妙に人の弱さをなでてくる。

しかもジュリーの声は、華やかさの裏にかならず孤独がある。子どもの耳はその影を敏感に拾ったのだと思う。

中島みゆきは皆が知っている「糸」よりずっと前の曲が好きだ。とくにデビュー作から四作目までがたまらない。『あ・り・が・と・う』はもう何度聴いたことか。あのアルバムは情緒の原液みたいだ。大人になってから聴くと、子どもの頃に言い表わせなかった気持ちがそのまま立ち上がる。

娘に聴かせてみた。アルバムを渡したら、娘は「ありがとう」と言った。それきり一度も聴いていない。

初期の三作はプロデューサーが勝手に原曲のキーを上げたそうだが、残念でならない。本人の地声の深さで録られていたら、地鳴りのような哀しみになっていたはずだ。

ユーミンは荒井由実の頃が断然いい。彼女は松任谷由実になってから都会的に洗練されたけれど、荒井由実の頃はもっと湿った風、若さゆえの孤独、少しの夢想が入り混ざった日常の実感があった。

ちょうど「雨の街を」のあの感じだ。

雨粒が街の輪郭をぼかしていくような、静かな時間が流れている。ピアノの響きは少し冷たく、声は若い。それなのにどこか達観したような影がある。窓ガラスの曇り、部屋の中の静けさ、まだ言葉にならない感情の影——。こうしたものが、曲の中に漂っている。部屋の中の光の粒がそのまま音になっている。

情景がありありと浮かぶ。歌詞など関係ない。音を聴いているだけで、外は晴れているのに僕の周囲だけが曇り空になる。湿った空気が流れてきて、雨がしとしとと降り出すのだ。