娘は小学校のころ、クラスで少し浮いていた。
がり勉タイプではなかったが、勉強はよくできた。絵が上手で、毎日、黙々と描いていた。本をたくさん読む子だった。よくこんな愚痴をこぼしていた。「ほんとにバカな子ばっかり。おちんちんがどうとかいって、ずっとみんなで大騒ぎしてて」
きわめて健全である。小学生男児たるもの、いつの時代もそんなものである。ただ娘の精神年齢は、ほかの子より少し高かったのかもしれない。僕はこう返しておいた。
「大人になれば、噛めば噛むほど味の出る、スルメみたいな友人関係ができる。いまはみんなガム。でもそれは仕方がない。人生経験がまだほとんどないんだから」
はやま
「大丈夫だよ」の中身
「学校で嫌なことがあった」「友だちと喧嘩した」「仲間外れにされた」——。子どもが学校の悩みを話してくれるとき、親はとっさに「大丈夫だよ」という言葉を出しがちだ。
その「大丈夫だよ」は、中身がなければただの蓋になる。子どもの感情に、そっと布をかぶせて見えなくする、うわべだけの言葉だ。だから僕は「大丈夫だよ」のあとに、できるだけ言葉を紡ぐようにしていた。
はやま
人生は、何度もリセットされる
小学校を卒業すれば、中学だ。クラスが変わり、顔ぶれが変わる。
中学を出れば高校。高校を出れば、もっと広い世界へ。二十歳を過ぎるあたりまで、環境は目まぐるしく変わり続ける。その都度、それまでの人間関係は、ほぼリセットされる。
僕自身、小学校の友達で現在もつきあいのある人間はいない。中学も、高校もそうだ。東京に出てきたことも大きいけれど、それだけではない。人は環境が変わるたび、新しい場所で新しい人と出会いなおす。
娘にはこう伝えた。「その意地悪な子も、中学に入れば顔を合わせることはなくなる。気にするな」
すると娘が「中学はそのまま持ちあがりだから一緒なんだよね」と口をとがらせた。だから「それならほかの中学校に希望を出すといい。東京には学校選択制度というのがある。あるいは受験すればいい」といっておいた。
ほどなく娘は自分で受験することを決め、地元から少し離れた中学校に希望も出した。結局、中学受験は失敗したものの、希望を出した中学に無事、進学することとなった。
学校が世界のすべて、という錯覚
子ども時代の6年間は果てしなく長く感じたものだ。でも、大人になって振り返ると、あっという間である。あの「永遠に続くように感じた日々」が、人生のほんの入口だったことに気づく。
子どもはその錯覚のなかにいる。いまいる場所が、世界のすべてに見える。クラスの人間関係が、宇宙の法則のように思える。でも大人は知っている。その世界がいかに小さく、そしていかに儚く過ぎ去っていくかを。
その「知っている」を、怖がらせずに伝えることが、親にできる数少ないことのひとつなのだろう。
はやま
悪口だけは、いうな
もうひとつ、娘に伝えたことがある。嫌いな相手がいても、悪口だけはいうな、と。
言葉は、相手よりも自分の心に長く残り、自分を傷つけることがあるからだ。
理由を説明する代わりに、僕が好きな言葉をひとつ伝えた。オードリー・ヘップバーンの言葉だ。
「美しい唇であるためには、美しい言葉を使いなさい。美しい瞳であるためには、他人の美点を探しなさい」
娘は、黙って聞いていた。
はやま
大切な友だちだけ、大切にすればいい
友達の数は、多ければいいわけではない。環境が変わっても、時間が経っても、それでもつながり続ける人がひとりでもいれば、それで十分だと思う。
子どもに友達が少ないと、親は心配する。その気持ちは自然だ。でも「友達を増やさなければ」と焦る前に、「大切なひとりを大切にできているか」を見てあげてほしい。
娘はあのころ、少ない友達をとても大切に——。
ここでそう書きたいのはやまやまなのだが、実際は違った。
小学校時代、娘にべったりの子がひとりいた。ところが中学に入るとあっさりと縁を切った。電話がかかってきても、居留守を使っていた。
子どもの世界は、そのくらいドライなのだ。大人が心配するほど、子どもは引きずらない。環境が変わって新しい場所が楽しくなると、前の関係には目もくれなくなる。まるで味のしなくなったガムのように——。
居留守を使う娘の姿を見て、僕はひっそりと反省していた。
……友だちをガムに喩えたのがまずかったのだろうか。
はやま
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。

