子どもが生まれてから、夫との会話が変わった。
「今日、保育園でこんなことがあって」「来週の予防接種、どっちが連れていく?」「そういえば、オムツそろそろ買わないと」——。気づけば、会話の9割が育児の業務連絡になっている。
夫はやさしい。子育てにも協力的だ。家族を大切にしてくれているのはわかる。でも、なんというか——。女として見られていない気がする。あのころみたいに、ただのわたしを見てほしい。
そういう悩みが寄せられることがあります。
今日は、この悩みを三人の哲学者にぶつけてみました。プラトン、キルケゴール、シモーヌ・ド・ボーヴォワール。三者三様の答えが返ってきましたので、どれかひとつ、今夜の枕元に持ち帰ってください。
プラトンの答え:「魂の往復書簡を、取り戻してください」
まず登場するのは、古代ギリシャの哲学者、プラトン。ソクラテスの弟子であり、「イデア論」で知られる西洋哲学の礎を築いた人物です。著作『饗宴』の中で、愛(エロース)について深く論じています。
彼はこう言うでしょう。
「あなたたちは今、”情報”だけを交換しています。でも本当に求めているのは、魂の往復書簡なのではないですか」
プラトンは、愛とは肉体的な引力だけではなく、魂と魂が惹かれ合うことだと考えました。相手の中にある「美しいもの」「善なるもの」に触れたいという衝動——それがエロースの本質だと言います。
育児の業務連絡は、情報の交換です。必要だし大切ですが、そこに「あなたはどう思う?」という問いかけも、「今日、こんなことを感じた」という打ち明け話もない。魂が動いていない。
プラトンならこう続けるでしょう。「デートをしなさい、花束を贈りなさい、とは言いません。ただ、相手の目を見て、相手の内側にあるものに触れようとする時間を、少しだけ取り戻してください。それだけで、ロマンスは戻ります。ロマンスとはもともと、そういうものだから」
はやま
キルケゴールの答え:「結婚は、毎日”選び直す”ことです」
次に登場するのは、19世紀デンマークの哲学者、セーレン・キルケゴール。「実存主義の父」とも呼ばれ、人間がいかに生きるかを徹底的に問い続けた人物です。恋愛と結婚についても深い考察を残しています。
彼はこう言うでしょう。
「結婚は、一度の決断ではありません。“今日もこの人と生きる”と、静かに決め続ける運動なのです」
キルケゴールは、愛の本質は「継続する選択」にあると考えました。出会ったときの高揚感は、いつかかならず落ち着きます。それは愛が冷めたのではなく、愛が深くなるための通過点だと彼は言います。
「ときめきが死んでいる」と感じるとき、それはふたりの関係が”自動運転”になっているサインかもしれません。毎日のように顔を合わせ、同じ屋根の下で暮らし、「この人はそこにいて当然」という無意識の前提の上に乗っかってしまっている。
キルケゴールが大切にしたのは、その「当然」を一度手放すことです。今日、この人がそこにいることは、実は当然ではない。だとしたら、「今日も、あなたを選んでいる」という静かな意志が、ロマンスの正体かもしれない。
花束でも、サプライズでも、特別な夜でもなく。「今日も、あなたでよかった」という、言葉にならないまなざしのことです。
はやま
ボーヴォワールの答え:「あなた自身は、ちゃんと見られていますか?」
三人目は、20世紀フランスの哲学者、シモーヌ・ド・ボーヴォワール。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉で知られ、女性の生き方と自由を哲学的に問い続けた人物です。
彼女はこう言うでしょう。
「夫があなたを”女として見ていない”と言う前に——あなた自身が、自分を”女として”扱っていますか?」
少し意外な問いかけかもしれません。でも、ボーヴォワールならではの鋭さがここにあります。
子どもが生まれた瞬間、多くの女性は「母親」という役割を全力で引き受けます。それは美しいことですし、必要なことです。でも気づかないうちに、母親役を完璧に演じることに全エネルギーを使い、「母親ではない自分」がどこかに追いやられてしまうことがある。
ボーヴォワールは言います。「夫の視線を変えようとする前に、自分の内側に目を向けてみてください。好きだったこと、気になっていること、言いたかったこと——。それをもう一度、少しずつ取り戻すこと。それが”女として見られる”ための最初の一歩です。他者の目ではなく、まず自分の目で、自分を見てあげてください」
夫を変えることより、自分の中にある「わたし」に光を当てることのほうが、ずっと早い。そしてその変化は、相手にも確かに伝わります。
はやま
最後に葉山から:愛の形は、変わっていい
三人の哲学者の言葉、いかがでしたか。
プラトンは「魂で対話せよ」と言い、キルケゴールは「毎日選び直せ」と言い、ボーヴォワールは「まず自分を見よ」と言いました。三者三様ですが、共通していることがひとつあります。
それは、ロマンスとは与えられるものではなく、育てるものだということ。
子どもが生まれると、愛の形は変わります。出会ったころの高揚感とは違う、もっと地味で、もっと深い何かに変わっていく。それは喪失ではなく、成熟です。
ただ正直に言えば、それに気づくのは難しい。日々の忙しさのなかではとくに。だからこそ、まず自分の内側を整えることが大切だとわたしは思います。食事を整え、睡眠を整え、自分の機嫌を自分で取れるようになること——。心に余裕がなければ、相手を「見る」ことも、「選ぶ」こともできないからです。
小さなことから始めるなら、今夜のお茶の時間を、業務連絡なしで過ごしてみてください。梅しょう番茶を一杯、ふたりで。それだけでいいです。
夫婦関係のギクシャクが「喧嘩が絶えない」というような深刻な場合、こちらの記事もあわせて読んでみてください。哲学者たちに、もう少し根本的な問いをぶつけてみました。
メンタルと食卓のつながりについては、朝のイライラの記事も参考になります。心の状態は、腸の状態に深く関係しています。
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