母のちらし寿司——五節句と、行事食が運ぶもの

ちらし寿司とひな人形

毎年三月になると、母がちらし寿司を作ってくれた。酢飯の上に蒸しエビや錦糸卵、れんこん、きぬさやなどがたっぷりと乗っていて、天然木のいい香りのする寿司桶に収まっていた。僕はエビが大好物で、自分の皿のがなくなると、母の皿から分けてもらっていた。そういうとき、母はちょっぴりうれしそうだった。

居間には七段の本格的な雛人形が飾ってあった。子どもの背丈より大きい、立派なものだった。節句を過ぎたら、すぐに片づけないと嫁に行くのが遅れる。そんな言い伝えがあるからか、母は妹のため翌日にはさっさとしまっていた。

ところが当の妹はいまだ独り身である。

ぼんぼりに灯りをともし、オルゴールから流れる「うれしいひなまつり」を聞きながら、妹と供え物の雛あられを奪い合うようにして食べる。なかなか良い風習だ。ただ僕は、その言い伝えの信憑性については大いに疑問を抱いている。

五節句

我が国には、五節句という年中行事がある。ひな祭りもそのひとつだ。陽数(奇数)が重なる日は縁起が良いという考え方から生まれたもので、年に五日ある。

一月七日の人日じんじつの節句、三月三日の桃の節句、五月五日の端午の節句、七月七日の七夕、九月九日の重陽ちょうようの節句——この五つである。

それぞれの日に、季節ごとの旬の食材を使った料理をいただく。これを行事食と呼ぶ。季節の移ろいを食で感じる、和食の象徴ともいえる風習だ。

一月七日|人日の節句 まぼろしの七草がゆ

一月七日の人日の節句には、七草がゆが食される。奈良時代にはすでにその原型があったという。

せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ——この春の七草を刻んで粥に混ぜる。一月七日の朝にいただくのが基本で、正月のごちそうに疲れた胃腸を休ませるほか、新年の無病息災を願うという意味もある。

だが正直言うと食べた記憶がない。来年こそはと毎年思う。けれどもともと胃が丈夫なたちで、正月だからといって暴飲暴食に走るわけでもない。内臓を休ませる必要がないのだ。

三月三日|桃の節句 雛人形とちらし寿司

三月三日の桃の節句、その起源は、平安時代以前という。行事食の定番は、ちらし寿司とはまぐりのお吸い物だ。

はまぐりは、二枚の貝殻がぴったり合わさることから、良縁と夫婦円満の象徴とされる。潮の香りのするお吸い物を一口すすると、春の訪れを感じる。

すでに書いたが、実家の雛人形は本格的なものだった。祖父が妹のために買ったものだ。毎年、その前でちらし寿司を食べるのは楽しみだった。いまも実家のどこかにしまい込まれているはずだが、お雛さまを受け継ぐべき女児がこの世にまだ生まれていない以上、当分出番はなさそうである。

五月五日|端午の節句 柏餅と巨大な鯉のぼり

五月五日の端午の節句、その最大のハイライトは僕にとって柏餅であった。

この日は、全長六メートルはあろうかという巨大な鯉のぼりが庭先をゆうゆうと泳ぐ。青空をゆく四匹を見上げながら、僕は皿の上に山と積まれた柏餅を両手に持って、次から次へと平らげていく。この日ばかりは誰にも文句は言われない。なにしろ主役は僕なのだ。

柏は、新芽が出るまで古い葉が落ちない。だから家系が絶えないとか、子孫繁栄とかいった縁起を担ぐという。江戸時代から続く習わしである。

ちなみに、鯉は滝をのぼると龍になるという伝説がある。鯉のぼりは立身出世の象徴なのだ。やはりこの手の言い伝え、信憑性はかなり乏しいようである。

七月七日|七夕の節句 七夕なのにちらし寿司

七月七日の七夕の節句にはそうめんを食べる風習がある。そうめんは、中国から伝わった索餅さくべいという、小麦を縄状に練ったものが原型だそうだ。七夕にそうめんを食べるのは、無病息災を願ってのことらしい。

でも僕の実家ではそうめんでなく、やっぱりちらし寿司を食べていたような気がする。節分や敬老の日など、行事食の記憶をたどると、やたらとちらし寿司が出てくる。それだけ母にとって、ちらし寿司は特別なものだったのだろう。なぜかは知らないが。

そういえば子どもの頃、七夕の日には近所の商店街にほおずきのぶら下がった葉竹の七夕飾りがたくさん並んでいた。短冊に願いごとを書き、そこへかけた記憶がある。もしあの頃に戻れるなら、織姫さまと彦星さまには妹の良縁と自分の立身出世を願うことであろう。

九月九日|重陽の節句 菊酒と菊の花の小鉢

五節句の中でいちばんなじみが薄いのが、重陽の節句だ。九の重なる九月九日は、古くからもっとも縁起の良い日とされてきた。菊の花を浮かべた菊酒を飲み、食用菊を酢の物やおひたしにしていただく。

国花でもある菊は、長寿と健康の象徴である。昔は、菊を愛でながら盃を傾けるのが重陽の過ごし方だったという。いまではほとんど忘れられてしまった節句ではあるが、秋の深まりとともに菊の花を愛でる習慣は、地域によっては静かに続いている。

意味でなく、記憶として残る行事食

五節句を毎年しっかり祝う家庭もいまやそう多くはない。七草がゆを炊かない正月も、そうめんを食べない七夕もある。それでいいと僕は思う。

ただ行事食というものは、季節の匂いや家族の記憶を運んできてくれる。母のちらし寿司の酢の香りとエビの味、妹と取り合いになった雛あられのほのかな甘さ、鯉のぼりを見上げながら食べた柏餅のあんこの味と葉の香り——。

僕の中に残っているのはどれも由来や意味でなく記憶——心の深い場所に刻まれた、ふとした瞬間に顔を出す、一生ものの思い出なのだ。