わっぱを開けば、世界が見える——冷めてもおいしい国の弁当

わっぱのお弁当

数年前、わっぱを買った。

それまでプラスチック容器だった弁当箱を、なんとなく気になって秋田杉の曲げわっぱに替えたのだ。値段は少し張ったが、後悔はない。木の良い香りがするし、ご飯は冷めてもうまい。何より詰めたものが美しく見える。

中身が変わったわけではない。容れ物が替わっただけ。それだけで弁当の見え方がこんなに変わるのかと驚いた。弁当箱に限らず、器は料理の一部だとあらためて思う。料理はまず目でいただくものなのだ。

ところで、世界を見渡すと、毎朝手作りの弁当を家族に持たせる文化を持つ国は、実はあまり多くない。日本は少しばかり特殊な国である。

世界の昼食文化

たとえばフランスなどは、弁当文化がほぼ存在しない。

学校には「カンティーヌ」と呼ばれる食堂があり、子どもたちはそこで温かい昼食を食べる。前菜、メイン、チーズ、デザートの四品構成が基本で、食育と食文化の継承を目的にしている。

大人も職場のカフェテリアかレストランへ出かける。フランス人にとって昼食とは、座って、会話しながらゆっくり食べるもの。持ち歩くものではないのだ。

イタリアも似ている。とくに南部には、昼に一度家へ帰って家族で食べる習慣の残る地域がある。昼食を「持ち運ぶ」ことより、「囲む」ことに価値を置く文化圏である。

もちろん持ち歩く国もある。ただし、その中身は潔い。

アメリカの子どもたちのランチは、学校のカフェテリアが中心だ。持参するとしても、サンドイッチ、ポテトチップス、りんごかオレンジ、クッキーで一丁あがり。

なかでも象徴的なのは、ランチャブルというパッケージ商品で、クラッカーとスライスチーズ、ハムが小分けになって入っているだけの組み立て式ランチ。これが長らく子どもたちの定番だった。

イギリスのパックドランチ(弁当)も主役は簡単なサンドイッチで、クリスプス(ポテトチップス)と果物とチョコレートバーが脇を固める。昼食は午後のための燃料という考え方が徹底しているのか、手軽さと合理性を重視。英国人の割り切りの良さは、毎晩ふたつの弁当箱におかずをちまちま詰める身からすると、少しうらやましくもある。

それならアジアはどうか。

台湾には「便当」という独自の弁当文化が根づいている。排骨ご飯や煮卵がどっさり乗るスタイルで、日本統治時代の影響が色濃く残り、駅弁文化もいまなお健在である。

ただし大陸の中国も含め、外食と出前の文化が圧倒的に強い。日本のような、家庭の弁当は主流ではない。

世界の弁当

日本の弁当文化

こうして見渡してみると、日本の特殊さがあらためて浮き彫りになる。しかしいったい何がそうさせたのか。

安土桃山に端緒を開く

実は、歴史は相当に古い。

安土桃山時代、花見や能の鑑賞に持参した花見弁当が記録に残っているし、江戸時代には歌舞伎の幕間に食べる幕の内弁当が生まれた。明治になると鉄道網の拡大とともに駅弁文化が花開く。弁当は、日本人の移動の歴史とともに育まれてきたのだ。

冷めてもうまいジャポニカ米

それを支えた最大の立役者はお米だ。日本の米は短粒種で、冷めても粘りとうま味がある。長粒種が主流の地域では、冷めたご飯はパサパサになって弁当に不向き。

日本の弁当文化が成熟する一方で、東南アジアの多くの国でそれほど発展してこなかった理由のひとつに、この米のちがいがある。考えてみれば、弁当は冷や飯でもうまいという前提なしには成立しない。日本の米は最初からそこを満たしていたのだ。

出汁の文化

それともうひとつ、忘れてはならないのが出汁の文化だろう。素材の味を活かしながら、出汁のうま味を染み込ませるという、和食の知恵と技術は弁当と非常に相性が良い。

米と同様、おかずも冷めてもパサつかない。嚙めば出汁がじゅわっと染み出す。濃い味つけでごまかす必要もないし、見た目も美しい。

詰めることへの美意識

詰めるということへの、日本人特有の美意識もあるだろう。

限られたスペースに、色彩と食感、栄養のバランスを考えながらおかずを配置していく。赤いトマト、緑のブロッコリー、黄色い卵焼き、茶色い肉、白いご飯。弁当箱の中はもはやある種の絵画といっていい。

僕にしたって弁当を詰める際は、赤と緑と黄を配置して見栄えを整えることを意識している。トマトがなければケチャップ、ブロッコリーがないなら冷凍枝豆、それだけでただの弁当が何やら小品に早変わりする。これが楽しい。

僕ら一人ひとりが持つそんな小さな美意識が、キャラ弁という世界に類を見ない造形文化まで生んだのだから、日本の弁当というものは実に面白い。

高度成長期、弁当が愛情の表現形態に

ところで、日本の弁当はよく愛情とセットで語られるが、実はこれはそう昔の話でもない。

高度成長期以降、専業主婦が増え、子どもの弁当作りが母親の務めとして固定化されていった時期があった。その折に生まれたのが、手作り=愛情という等式だった。出来合いのおかずを入れると後ろめたい。反対に手の込んだものを作れば立派な母である。そんなプレッシャーが静かに広がっていったのだ。

フランスの親はカンティーヌ任せでも誰にも責められない。アメリカの親は既製品を持たせても罪悪感など抱かない。弁当と愛情をこれほど強く結びつけるのは、世界的に見てもかなり特殊なのである。

弁当を作る人、受け取る人

僕自身の話をすると、中学と高校の頃、母が毎日弁当を作ってくれていた。野菜と魚が中心の、いわゆる健康的な弁当であった。

ブリの照り焼き、ほうれん草のおひたし、ちくわのきゅうり詰め。かなり渋めのラインナップで、当時の僕はおっさん弁当と呼びならわしていた。隣で食べる友人は毎日、唐揚げやウインナー、エビフライなんかを頬張っていて、たいそううらやましかったものだ。

でも自分で弁当を作るようになってわかったことがある。

友人の弁当の大部分は、冷凍食品と加工食品だった。それが悪いとはいわない。ただ、母の弁当はぜんぶ手作りだった。六年間、毎朝続けてくれた。いまさらながら頭が下がる思いである。

弁当は、食べている当人には見えていないことも多い。作り手がどれほど手間暇をかけたか。何を考えながら詰めたか。想像なんてしない。もちろんそれでかまわない。僕は弁当を、愛情を証明するための手段だとは思わない。

それでもあの小さな箱には食べ物とともに、詰めた人間の気配や気持ちもそっと忍び込む。日本だけが長い時間をかけて育ててきたその文化のうるおいに、僕は愛着を覚えずにはいられない。