「ポジティブになろう」をやめた日——心が軽くなる、ただひとつのこと

瞑想する人

体を壊して、仕事を離れなければならなくなった時期がある。

朝起きても、何のために起きたのかわからない。ごはんを食べても、なぜ食べているのかわからない。生きている、という実感が、手の中からするりと抜け落ちていった。

そういう時期、人は自分を立て直そうとする。「ポジティブに考えよう」「気持ちを切り替えよう」「前を向こう」——。そういう言葉を自分にかけながら、なんとか這いあがろうとする。

でも正直に言うと、わたしにはそれがうまくできなかった。頑張れば頑張るほど、「うまくできていない自分」がくっきりと浮かびあがって、余計に苦しくなった。

あのころのわたしに、いまの自分がひと言だけ伝えられるとしたら、こう言いたい。

「ポジティブになろうとしなくていい」

「ポジティブ」は、目指すものではない

世の中にはメンタルケアの方法がたくさんある。ノートに感謝を書く、朝の日光を浴びる、深呼吸をする——どれも悪くないし、実際に助けになることもある。

ただ、根っこにある考え方が変わらないと、どんな方法も表面をなでるだけになってしまう。

「ネガティブな自分はいけない」「もっとポジティブにならなければ」という前提があるかぎり、負の感情が湧くたびに自分を責めることになる。怒り、悲しみ、不安、後悔——そういうものが出てくるたびに、「またダメだった」と感じる。

それ自体が、一番消耗することだったとわたしは思う。

はやま

自己啓発本もずいぶん読みました。書いてあることは正しい。でも、読めば読むほど「できていない自分」が増えていく感覚がありました(笑)

ヨガが教えてくれた、まったく別の考え方

転機になったのは、ヨガだった。正確には、ヨガの哲学だ。

ヨガは5000年の歴史を持つ思想体系で、その核心にあるのは「あるがままを受け入れる」という考え方。英語で言えばLet It Be。ビートルズの名曲と同じ言葉だが、意味はもっと深い。

「いまここにあるものを、そのまま認める」

過去を振り返って後悔する必要はない。すでに終わったことだから。未来を思い悩んで不安になる必要もない。まだ来ていないことだから。あるのは、いまこの瞬間だけ。そしてわたしたちは、自分で思っているほど「自分で何かを決めている」わけではない。大きな流れのなかに存在している。

はじめてこの考え方に触れたとき、正直「それで何が変わるの?」と思った。でも瞑想を続けるうちに、少しずつ実感が伴ってきた。

過去はもう変えられない。未来はまだ来ていない。いまここで息をして、ごはんを食べて、家族の顔を見ている——。それだけで、すでにじゅうぶんという感覚。

負の感情は、消すものではない

「あるがままに」というのは、何も感じなくなることではない。

怒りも、不安も、悲しみも、湧いてくる。それは人間として当然のことだ。問題は、その感情を「あってはいけないもの」として消そうとすることにある。消そうとするほど、感情は強くなる。押さえれば押さえるほど、反動で大きくなる。

瞑想を続けてわかったのは、感情はほっておけば流れていく、ということだ。

川の水面に葉っぱが浮かんでいるのをイメージしてほしい。流れに乗った葉っぱは、やがて視界から消えていく。感情も同じ。ただそこにあることを認めて、巻き込まれないようにしていれば、自然と流れていく。

「巻き込まれない」というのがポイントだ。感情を否定するのでなく、感情と同一化するのでもなく、少し距離を置いて観察する。これが、瞑想が育ててくれる力だとわたしは感じている。

はやま

感情は天気みたいなもの。晴れの日も雨の日もある。でもわたしたち自身は、空そのものなのです。

食卓も、心の一部だった

考え方が変わってきたころ、もうひとつ取り組んだことがある。食事の見直しだ。

これは、「食べるものが気持ちを決める」という話ではない。ただ、体が整ってくると、心も少し落ち着きやすくなる、という感覚的なことだ。腸内環境とメンタルの関係は、最近の研究でも注目されていて、腸内の状態が感情に影響を与えることがわかってきている。

わたし自身は、発酵食品を毎日の食卓に取り入れたこと、白砂糖をできるだけ減らしたことが、体感として変化を感じた部分だった。「気力がない」「なんとなく重い」という状態が、食事を変えてから少し薄れた気がしている。

心と体は、切り離せない。そういうことを、あの時期に実感として学んだ。

今日からできること、三つだけ

考え方が変わっても、日常で迷う瞬間はある。そんなとき、わたしが実際に助けられたのが、この三つの習慣だ。

① 朝、3分だけ目をつむる
呼吸に意識を向けるだけでいい。何も考えなくていいし、うまくやろうとしなくていい。吸って、吐いて。それだけ。瞑想の始め方はこちらで詳しく書いています。

② 「いまここ」に返ってくる
気づいたら意識が過去や未来に飛んでいることがある。そういうとき、目の前にあるものをひとつだけ、じっと見る。飲んでいるお茶の色とか、窓の外の木の葉とか。それだけで戻ってこられる。

③ 負の感情が出たら、名前をつける
「怒り」「不安」「悲しみ」——。名前をつけるだけで、感情と自分の間に少し距離ができる。「わたしは怒っている」ではなく「いま、怒りという感情がある」という見方に変わる。小さなことだけれど、積み重ねると変わってくる。

まとめ

「心を整える」というのは、ポジティブになることではないとわたしは思う。

ネガティブな気持ちを無理に消そうとせず、いまここにあるものをそのまま認め、大きな流れに身を委ねる。いま目の前にある、自分にできることを精一杯やりながら、結果には執着しない。

ヨガの言葉で言えば、「行為そのものに集中し、果実を求めない」。これはバガヴァッド・ギーターの一節だが、言うは易し行うは難しで、いまもわたしは日々、少しずつ練習している。

うまくできない日のほうがずっと多い。でも、それでいい。

結局のところ、わたしがあのころの自分に伝えたいのは、「ポジティブになろうとしなくていい」——それだけだ。

はやま

体と心はひとつです。食事を見直すことも、心の整え方を変えることも、どちらか一方ではなく両方やってみてください。少しずつ、確実に変わっていきます。