ヨーグルトというのは、油断すると増える。最初は小さな容器ひとつだった。自家製のほうが安いし、なんだか健康にも良さそうだ。そんな軽い気持ちで始めたのがいけなかった。
容器に牛乳一パックと市販のプレーンヨーグルト百グラムを入れて混ぜ、お湯を入れたペットボトルと一緒に保温バッグに放りこむ。一晩くらい置く。すると翌朝にはぷるんと固まった白い塊ができているのだ。これがうれしくて、また作る。うまくいった。また作る。気がつけば、冷蔵庫の上段がヨーグルトで埋まっていた。
妻が冷蔵庫を開けて眉をひそめた。
「ねえ、これ全部ヨーグルト?」
「全部ちがう味なんだよ」
「全部ヨーグルトでしょ」
「いや、これはLB81で、こっちはR1で、そっちはLG21……」
「なんだかロボットみたいね。そんなことどうでもいいのよ。場所がないの」
場所がないの——その一言に強い既視感を覚えた。妻の目の据わり方も、数か月前に冷蔵庫に醤油を並べすぎたときと完全に同じだ。でも僕には、これはもうただの乳製品ではない。
ヨーグルトというのは菌種によって、発酵の温度と時間が変わる。それを探り当てるのが、手作りの醍醐味だ。失敗することも少なくないが、そのぶん成功したときの喜びはひとしおだ。初めてケフィアがうまく育った日など、飛び跳ねたいくらいうれしかった。子どもの頃に孵化させたカブトムシと同じで、一匹一匹に思い入れがある。妻には内緒だが、名前もつけている。
試行錯誤しながら増やしていく過程は、まるで白い文明が冷蔵庫の中に広がっていくようでもあった。
ある休日の正午過ぎ、パスタを茹でる妻の横をすり抜けて冷蔵庫を開けたら、白い容器たちがずらりと並んでこちらを見ていた。新参者の牛乳パックが肩身が狭そうにして立っている。奥のほうには古代ヨーグルトが眠っている。蓋を開けるのが怖い。
妻がこれ見よがしに吐息をついた。
「お願いだから、これ以上文明を広げないでね」
妻の言葉を聞いて、僕は二度目のデジャブに襲われたが、動揺を隠し、静かにうなずいて見せた。窓の外に目をやると、からりと晴れた空に白い雲がいくつも浮かんでいる。そのひとつひとつが、我が家でこれまで生まれ育ったヨーグルトたちに見えた。
お腹の贅肉をつまもうとしたが、つまむ肉はもうない。ヨーグルトを日々大量に食すようになってから、体はあきらかに軽くなった。いったいどのヨーグルトが僕の体に合っているのだろうか。
冷蔵庫の中では、白い文明が静かに呼吸している。
——そろそろ、どこかに首都を決めたほうがいいかもしれないな。
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